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記事全文を読む→有名美女マル秘報告「私の壮絶暗黒時代」〈森咲智美〉名古屋「ご当地アイドル時代」は赤貧生活
2018年から3年連続「グラビア・オブ・ザ・イヤー」のグランプリを受賞し、殿堂入り。今やグラビア界に確固たるポジションを築いた森咲智美(30)だが、そんな彼女にも忘れられない苦い過去があった。
森咲 暗黒時代と聞いて最初に思い出すのは、名古屋のご当地アイドルグループに所属していた時です。お給料が安かったし、初めて一人暮らしを始めた頃だったので、お金が全然なかったんです。他のメンバーは学生で実家暮らしだったので、みんなが学校に行っている間に私だけアルバイトをしたり、それだけでは足りなくてスーパーのお惣菜が半額になるのを待ったり。あと、握手会でファンの方にキャベツや玉ねぎをねだったりもしましたね。お野菜は健康にも美容にも大切ですから欠かせないんです(笑)。
──とにかく貧乏だったんですね。
森咲 でも、そういう思いをしていたせいか「私はプロとしてやっていくのよ」みたいな思いが強くて、トガッていたことのほうが、もっと闇が深いですね。誰よりも目立つために自分の衣装に勝手に切れ込みを入れて、よりセクシーに見せようとしたり、ダンスパートでも自分だけ目立とうとしてチームワークを乱していたと思います。今思い出してもすごく恥ずかしいです。
──それは、いつ頃まで続いたんですか?
森咲 ある企画で「名古屋ウィメンズマラソン」(女性限定のフルマラソン)を完走しなきゃいけなくなって、1年以上かけて練習した時です。その時のメンバーのサポートがすごくうれしくて、気がついたらトガッた部分がなくなっていました。野菜のおねだりは続きましたけど(笑)。
──18歳から活動していたご当地アイドルは23歳の春で卒業。その後は?
森咲 上京して事務所の寮で暮らすことになるんですが、ルームメイトが同じ事務所の橋本梨菜ちゃん(29)で。2人とも同じタイミングで上京したんですけど、梨菜ちゃんがすぐにブレイクして、撮影のお仕事でほぼ部屋にいなかったんです。でも、当時の私は週に1、2回仕事があるぐらいで‥‥。
──生活も大変だった?
森咲 いえ、今度はちゃんとお給料がいただけたので困ることはありませんでしたが、梨菜ちゃんが忙しくて家にいないのに、私は暇な時間が無限にあって、病んでしまいました。ネガティブなことを考えたくないから、起きている間は安くて強いお酒を飲んで、酔って寝るという生活になってしまったんです。
──まさに暗黒ですね。
森咲 おつまみがない時は、共用の冷蔵庫に入っていた梨菜ちゃんの食べ物を勝手に食べたりもしていました(笑)。昼夜逆転のひどい生活だったので、当時の私のグラビアを今見返すと恥ずかしいです。明らかに「お酒を飲みすぎ」が見てわかる体型なので。
──その生活から、どうやって抜け出したんですか。
森咲 当時、インスタグラムのサービスが始まったばかりで「フォロワー数だけでも梨菜ちゃんを追い抜きたい」という気持ちで写真を毎日投稿していたら“フォロワー数の多いグラビアアイドル”としてお仕事をいただけるようになりました。私にとって梨菜ちゃんとインスタグラムの存在は大きかったですね。
──ちなみに、冷蔵庫の件は謝ったんですか。
森咲 はい。なかなか勇気が出なくて、謝るまで数年かかりましたけど、ちゃんと謝って許してもらいました(笑)。
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