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記事全文を読む→紳助親分の終末(3)繊細で小心な策略家の失敗
コンビ解散後、快進撃を続ける紳助は89年4月、新たな境地へと進出した。政治や社会事件などを扱う硬派の報道番組「サンデープロジェクト」(テレビ朝日系)のキャスターに抜擢されたのである。求められた役割は、視聴者の代弁者。当初は「お笑いの人間にできるわけがない」と罵られたこともあったが、その予想に反して、長期間在任。04年3月に15年の節目を迎えるにあたり、「華があるうちに」と、紳助みずから降板を申し出たのだった。
紳助が「サンデープロジェクト」に出演している間は実質的に、バラエティ番組に対してはブランクができました。そもそもこの仕事は、さんまとの差別化を図る意味もあり、木村政雄さん(吉本興業元常務)が「やってみないか」と紳助に持ちかけたものだったわけです。
バラエティ番組に出ない間、彼の性格からすると、全ての番組をチェックしていたと思いますよ。ノートにビッシリと内容を全部書いて分析するような人間なんです。繊細で小心で策略家ですから。
その繊細な策略も、闇社会との交際をきっかけに崩壊。引退という負債を背負わされた。
(吉本の)大崎洋社長はダウンタウンの育ての親として、彼らとともに出世した。それで吉本では紳助の居場所がなくなったのかな、と思いますね。今回の騒動も、ヤクザとのつきあいであれば謝って済むことなのに、なぜ謹慎ではなく引退だったのか。吉本の方針というか、切られたんですよ。大崎社長の路線から外れたんです。原因はダウンタウンの親分ヅラをしていたからかな、と思いますが。
もう一つ。(東京03の恫喝事件は)先輩芸人が後輩を正すのは当たり前だけど、あれはちょっとやりすぎだったと思います。女性マネジャー暴行も、あそこまでやっちゃいけない。だけど(東京03事件は)昔だったら、周囲が止めていました。局スタッフ、芸人仲間、会社(吉本)の人間とか。でも止める人がいないということは、紳助は孤立しているんだなと思いましたね。裸の王様だったわけです。
そもそも「サンデープロジェクト」を降板してバラエティの世界に戻った時には、各局の担当プロデューサーは、すでに大スターになった紳助の姿しか知らない世代。フジテレビのクイズ番組のプロデューサーなんか、全然若いですから、大物然とした紳助に「それ、違いますよ」とは言えない。結局、紳助を裸の王様にしてしまったのは周囲が悪いんですよ。吉本も(今回の引退騒動で)トカゲの尻尾切りみたいで、そうしてみると、これは紳助だけの問題ではないんだろうなと思いますね。
結果として1人の貴重な才能がいなくなったことは寂しいけど、新陳代謝、世代交代が早まった。引退後、「行列のできる法律相談所」(日本テレビ系)では(司会者の)ネームバリューが紳助ほどでなくとも番組は続くんだ、ということにテレビ局が気づいた。高いギャラを払わなくても新しい人材を使ってできる、と。だから各局とも、もう紳助なんていなかったことになっていますよね。「そんな人、いたっけ?」みたいな。
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