太陽系のように、太陽の近くには水星や地球のような小柄な岩石惑星があり、遠くには木星や土星のような巨大なガス惑星が鎮座する。これまでは、これが宇宙の普遍的なルール、いわば「銀河の交通整理」だと信じられてきた。ところが今年4月、ESA(欧州宇宙...
記事全文を読む→追悼・菅原文太 “未公開肉声”ドキュメントから紐解く「反骨の役者人生」(5)顔が映ることより作品のムードを重視
深作を「定型のない監督」と評した文太もまた、定型のない俳優といってよかったのではないだろうか。
当時、東映本社宣伝部次長として「仁義なき戦い」の宣伝を担当した小野田啓も、宣伝ポスター用のスチールを撮る段になって、文太から言われたのは、それまでのスターからは考えられない画期的なことだった。
スター中心主義の東映の場合、時代劇黄金期の片岡千恵蔵、市川右太衛門両御大の時代から、宣伝ポスターとなればアングルや顔の大きさまで決まっていた。扱いが小さかったりしてスターの不興を買えば、撮影協力さえ拒まれることにもなったという。
ところが、文太が申し出たのは、
「もうオレの顔なんか映ってなくたっていいんだ。とにかく作品のムードが出てるものならそれでいいから、オレの顔の大きさなんかにはこだわる必要はないよ。小さくても何でも構わん」
というおよそスターらしからぬものだった。
これには小野田も意気に感じ、文太の姿勢に応えた。スターをきれいにカッコよく撮るだけの会社のスチールマンではなく、社外カメラマンを使うべし──と提案し、東映に受けいれられたのだ。
かくて富山治夫カメラマンが起用され、従来のものと違う斬新なポスターやパンフレット、チラシ等ができあがった。拳銃が大きく真ん中にあり、文太を含む俳優たちは下のほうに小さく写っているだけのポスターもあれば、殺された役の俳優たちの顔写真をズラッと並べて×印を付けたものもあった。文太だけが×印がついておらず、
〈こいつだけがなぜ生き残った!?〉
との強烈な惹句。その惹句を書いた宣伝部の関根忠郎も、それまでの任侠作品で作ってきた七五調の定型を打ち破るような新たな惹句を──と意気込んで「仁義なき戦い」に取り組んだのだった。
その結果、生まれたのが、
《殺(と)れい! 殺(と)ったれい!〈暴力〉の生きざま、死にざまをえぐる》
《〈盃〉は騙し合いの道具ではなかった筈だ‥‥!》
《原爆廃墟の砂の上 広島暴力抗争20年目の 凄まじい炸裂‥‥》
とまあ、気合いの入った惹句の数々だ。
ともあれ、文太はある意味で深作と格闘しながら「仁義なき戦い」を撮ったわけだが、撮影中は、
「誰もこれがヒットするとは思ってなかったんじゃないかな」
と言うのだが、それが一時代を築いた鶴田、高倉の任侠路線とは明らかに対極に位置し、いわば任侠美学へのアンチテーゼとしての作品に取り組んでいるのだという意識はむろんあったに違いない。
ただ、こちらとしても、文太に取材した際、そこらへんのことをストレートに、「高倉健に対するライバル意識はどれほど強いものがあったのですか」などと訊いたのでは野暮の骨頂というものだから、婉曲に、
「やはり菅原さんの中には、それまでの鶴田浩二や健さんの任侠路線とは違った方向でやりたいという、意識的なものはあったんですか」
と訊ねたのだった。
文太の答えは、
「それはオレだけでなく、俳優全部にあるんじゃないの。違う方向を見つけたいというのはどんな俳優でもある。このままにしてたんんじゃあ進歩がないから。誰だって、どんな小さな俳優だって、自分の世界を見つけたいと思ってやっている。みんなキャラクターも違えば、何もかも違うわけだから」
とのことだった。
文太は紛れもなく「仁義なき戦い」に「自分の世界を見つけた」のであろう。自分の個性を最も生かせる役柄を。そういう意味では、深作欣二監督との出会いが、やはり役者人生を左右するほど大きなものであったろう。
◆作家・山平重樹
アサ芸チョイス
AIは本当に人類を終わらせるのか。専門家のとある主張が世界を震撼させている。その「AI終末論」は、AI開発企業アンソロピックに勤めていた元研究員、ジェイコブ・コクソン氏によるもの。Xで「AI研究関係者の多くが、AIは今後10年以内に人類を破...
記事全文を読む→「ゾンビたばこ」と呼ばれる指定薬物「エトミデート」は、広島カープに大きな衝撃を与えた忌まわしいブツだ。元広島カープの羽月隆太郎氏にこれを譲り渡したとして医薬品医療機器法違反の罪に問われた会社役員・滝口涼介被告の初公判が9月16日に広島地裁で...
記事全文を読む→20世紀最大級のミステリーと言われてきた、イギリス・スコットランドのネス湖に生息するという未確認動物(UMA)の「ネッシー」に、再び熱い視線が注がれている。いったいなぜか。一時期は目撃情報が激減し、専門家からは死亡説や、人間の活動を警戒して...
記事全文を読む→

