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記事全文を読む→二宮清純の「“平成・令和”スポーツ名勝負」〈初の南北同胞対決制した正拳突き〉
「徳山昌守 VS 曺仁柱」WBC世界スーパーフライ級タイトルマッチ・2000年8月27日
北朝鮮は、従来、韓国のことを「南朝鮮」と呼んでいた。それは「統一を目指す同族」という認識があったからだ。
それが1年程前から一変した。金正恩総書記は「大韓民国」と正式名称で呼ぶようになった。
敬意を示しているのではない。いや、その逆である。韓国との関係を「同質関係ではない。敵対的な両国関係」と位置付け、今年1月の最高人民会議では「わが国の民族史から『統一』『和解』『同族』という概念自体を完全に除去」と、強い言葉で宣言した。
隔世の感がある。北朝鮮の金正日国防委員会委員長と韓国の金大中大統領がピョンヤンで首脳会議を行ったのは2000年6月のことだ。
その年の9月に開幕したシドニー夏季五輪では、南北朝鮮選手団が「統一旗」を先頭に入場行進を行い、「ワンコリア」をアピールした。
ちょうどその頃、「統一戦士」を名乗り、めきめきと頭角を現してきた在日朝鮮人3世のボクサーがいた。今回の主人公・徳山昌守(本名・洪昌守)である。
徳山はシドニー五輪開幕前の00年8月27日、大阪府立体育会館で、韓国の曺仁柱が持つWBC世界スーパーフライ級王座に挑んだ。この試合は、史上初の南北朝鮮対決として話題を呼んだ。韓国ではMBCが生放送した。
歴史的な首脳会談直後ということもあり、調印式から友好ムードに包まれた。「統一旗」を手にした両者は腕を交差させ、健闘を誓い合っていた。
これまでの戦績は曺が18戦全勝(7KO)、徳山が24戦21勝(5KO)2敗1分け。
曺はここまで5度の防衛に成功しており、その中には元WBA世界ライトフライ級王者・山口圭司から2度のダウンを奪い、判定勝ちしたものも含まれていた。
前半から積極的に飛ばしたのは挑戦者の徳山だ。軽快なフットワークでリズムをつくり、左ジャブを顔面に突き刺した。
3回、徳山は右フックで曺をグラリとさせた。会心の立ち上がりだ。
徳山の最大の武器は槍のような右ストレートである。空手経験のある徳山の右ストレートは正拳突きそのものだ。
そして迎えた4回、まさに、その正拳突きが曺の顔面を打ち抜いた。グシャッという鈍い音とともに、曺は腰から崩れ落ちた。これはプロ入り後、王者が喫した初のダウンだった。
この一撃で勢いに乗った徳山は、かさにかかって攻め続け、試合はワンサイドの様相を呈し始めた。
この試合に備え、徳山は150ラウンドのスパーリングをこなしていた。その成果か後半に入ってもフットワークは衰えず、スピード、パワー、パンチの精度全ての面で王者を上回った。
観客は「イギョラ(頑張れ)チャンス!」の大合唱。スタミナ不足が懸念された徳山だが、3000人以上の大応援団の声援が背中を押した。
11回、バッティングによる減点で1ポイントを失った徳山だが、大勢に影響はなかった。判定は3対0で徳山。新王者は朝鮮半島が描かれた「統一旗」を背中にまとい、感極まった。
「チャンピオンになったら38度線上にリングを立てて世界戦をやりたい」
だが、その夢は実現しなかった。朝鮮半島は、一寸先は闇である。
二宮清純(にのみや・せいじゅん)1960年、愛媛県生まれ。フリーのスポーツジャーナリストとしてオリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。最新刊に「森保一の決める技法」。
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