スポーツ
Posted on 2015年02月26日 09:54

11月引退を決意した天龍源一郎が「革命と反骨39年」を語り尽くす!(1)引退ではなく“廃業”

2015年02月26日 09:54

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 ミスタープロレスこと天龍源一郎が今年11月でのプロレス廃業を発表した。26歳で角界からプロレス入りし39年間、全日本プロレスを皮切りに波乱万丈のリング生活を送ってきた。ジャイアント馬場とアントニオ猪木からフォールを奪ったリビングレジェンドに去来するものは何か。長年“天龍番”記者を務めてきた小佐野景浩氏に全てを明かした。

── 2月9日の引退会見で天龍さんが廃業という言葉を使った時に「俺に引退はないよ。あるのは廃業。業を捨てるのが廃業だから」と25年も前の40歳の頃に言っていたのを思い出しました。

天龍 それは最初に入ったのが相撲で、相撲協会からいなくなる時は廃業だから、そういうのがずっと頭にあったんですよ。プロレス界からきっぱり退くなら廃業。振り返った時に「もうやるだけやったかな」ってポッと浮かんだんですよ。

── 退く理由としては、01年に乳ガン、昨年は心不全と胆石症と大病が続いた奥様(まき代夫人)を自分が支えるというのがクローズアップされました。

天龍 大きな病気が一気に来ましたからね。彼女は天龍源一郎として好き勝手に生きてきた俺をずっと支えてくれたから「今、恩返ししなきゃ、いつやるんだよ!?」っていう気持ちになったのと引退がイコールになりましたね。彼女は実家がある京都で療養していて、俺も今は京都に住んで仕事の時だけ東京に出てきますけど、やっぱり何日も離れることになるから、そばにいたほうが彼女も安心かなと。心不全の直後も東京で試合があったんです。そこは理解してくれる女房だから、俺も割り切って出場しました。

── イケイケの頃でも天龍さんは「一緒に暮らしている家族が誇りを持てるような人生を俺は送りたい」と言っていましたね。

天龍 結婚して32年。それはずっと思っていたし、貫いてきましたけど、女房も見守ってきてくれたんだから、今しか恩返しする時はないかなと。相撲からプロレスに転向して‥‥いろいろなことを言われる職業ですからね。そこのサジ加減ができない俺がいましたけど、でもいちばん理解してくれたのが女房でしたね。

── プロレスに転向したのは76年秋でした。

天龍 ジャイアント馬場さんに初めて会った時にニコッて笑ってくれて、あの笑顔にだまされましたよ(笑)。そして巡業に初めて合流してバスに乗る時にトップのジャンボ鶴田選手が「天龍選手、俺の隣に座りなよ」って声かけてくれたんです。俺の中ではトップの選手は相撲の横綱、大関と同じような感覚だからとっつきにくいと思っていたんですけど、気さくに声をかけてくれたから気立てのいいアンチャンだなって。それで鶴田選手の隣で、バスの中のテレビを観ながらああでもないこうでもないとよもやま話しながらサーキットを回ったのを覚えていますね。抵抗なくスーッとプロレス界に入っていけたのは鶴田選手のおかげですね。髷をつけたままアメリカでデビューして、日本デビューの時は健太郎カット(笑)。当時、清水健太郎って人気あったでしょ? だからヘアカットする時に「健太郎カットにしてよ!」って(笑)。今でも清水健太郎さんの名前を見たり聞いたりすると感慨深いですよ。

── 会見では「こんなにプロレスにハマるとは夢にも思っていなかった」と。

天龍 最初の何年間かはプロレスでうまくいかないと「俺はこんなアンチャンたちと違って、幕内で勝ち越してプロレスに来てやった天龍だよ!」って逃げていましたよ。そんな時に相談に乗ってくれて、大人として諭してくれたのがザ・グレート・カブキさんでしたね。プロレスに入って5年近くたって「プロレスに向いてないんですかね?」って言ったら「源ちゃん、5年ぐらいでうまくやれるわけないよ。大丈夫だよ」って。あの頃、いちばん試合が上手だったのがカブキさんだったから、そう言われると「そうなのか!」って安心感がありましたよ(笑)。俺より3年先輩の大仁田厚なんかは「どうしようもないな、このオッサン」って思っていたみたいですけどね(苦笑)。

 そういう時期もありましたけど、ビル・ロビンソンと組んで馬場さん、鶴田選手のコンビと戦った時(81年7月30日=後楽園ホール)に好きなことやったら、お客さんの反応を感じたんです。それまでは「客なんてふざけやがって、人のアラばかし見やがって!」って感じでしたけど、そのお客さんが「行けよ、天龍」って俺を応援してくれているのを感じた時に、そのライブ感にハマっちゃったんですよ。俺の一挙手一投足にお客さんがついてきてくれて無尽蔵のエネルギーを与えてくれる。相撲では味わったことのない何かを感じたんです。自分の感情を試合にぶつければ、共鳴してくれるお客さんもいるんだなって悟ったんですよ。そこから応援してくれる数少ないファンのために頑張らなきゃいけないっていう俺が出てきたんです。

◆聞き手・小佐野景浩

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