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記事全文を読む→ホントーク〈斎藤文彦×名越健郎〉(1)デビュー戦にはGHQが関与した
「力道山『プロレス神話』と戦後日本」斎藤文彦/1056円・岩波新書
「力道山の真実は正しく伝わっていない」と語るのは、プロレス記者の斎藤文彦氏。空手チョップで外国人レスラーと死闘を繰り広げ、戦後の日本を熱狂させた国民的ヒーローの真実を、綿密な取材と豊富な資料に基づいて語り尽くす。
名越 私は子供の頃からプロレス好きなので、とても面白く読ませてもらいました。プロレスは人間ドラマがあっていいですね。
斎藤 スポーツとしての魅力とエンターテイメントとしての魅力の両方です。
名越 力道山が死んだ1963年12月、私は小学4年でした。ケネディ暗殺の翌月で、社会全体が暗かった記憶があります。当時、テレビが白黒だった影響もあるんでしょうか。
斎藤 テレビのカラー放送は60年に開始され、ほぼ同時にプロレス番組もカラーになりました。ところが62年、「吸血鬼」と呼ばれた、フレッド・ブラッシーが、グレート東郷の額に噛みついて大流血させた試合があり、その試合をテレビで見た高齢者が次々とショック死する事件が起きて社会問題になりました。以降、プロレス中継は白黒に戻り、力道山存命中はずっとそのままでした。
名越 それは知らなかったです。斎藤さんは62年生まれなので、力道山の試合はリアルタイムで見ていませんよね。彼を書こうと思ったのは、力道山を通じて戦後の日本を描きたいと思ったからでしょうか。
斎藤 これまでの出版されてきた力道山関連本の多くは確かにそこがテーマというか着地点でした。僕はプロレス記者ですから、純粋にプロレスラー力道山が歩んできた道を解明したかった。
名越 力道山と接した人の多くは鬼籍に入っています。取材も難しかったのではありませんか。
斎藤 週刊プロレスの記者時代に、力道山番だった大先輩の方から当時の話をお聞きしました。それがナマ情報にいちばん近いです。相撲からプロレスに転向した経緯は詳細に調べ直しました。力道山が北朝鮮出身という定説がありますが、これも正確ではありません。力道山が“内地”に来た時は半島全体が日本の統治下で、北も南もありません。外国人ではないからパスポートも所持していません。
名越 彼に謎が多いのは聞いていましたが、生年月日も定かではないのですね。
斎藤 プロレス時代のプロフィールは1924年生まれですが、力士時代は23年。生年月日も7月11日、11月7日、11月14日と諸説がある。手書きだった戸籍をさらに手書きで書き写した作業上の問題でしょう。
名越 彼がプロレスラーとしてデビューする際、GHQ関係者が深く関与しているようですね。
斎藤 初めてマットに上がったのは、51年のGHQ慰問興行です。ただ、本格的なプロレスの稽古は2週間程度でしたから、いわば仮デビュー。力道山の才能を見抜いたアメリカ人プロモーターの斡旋で、1年間、アメリカにプロレス修業に出た。そこで、レスリング技術やプロモーターとしてのノウハウを身につけて帰国。本格デビューしました。「力道山が自らの天才的閃きで、プロレスを日本に持ち込んだ」とする言説がありますが、それはいわゆる“伝説”です。
名越 なぜGHQは力道山に目をつけたのでしょう。
斎藤 それは力道山が幕内力士として土俵=リングに立ち、鍛え上げた肉体をつねに大観衆に披露していたからでしょう。柔道家にはそういう経験はない。
ゲスト:斎藤文彦(さいとう・ふみひこ)1962年東京都杉並区生まれ。プロレスライター、コラムニスト、専修大学文学部哲学科兼任講師、国士舘大学体育学部非常勤講師。早稲田大学大学院スポーツ科学学術院スポーツ科学研究科修了、筑波大学大学院人間総合科学研究科体育科学専攻博士後期課程満期。在米中の81年より「プロレス」誌の海外特派員を務め、「週刊プロレス」創刊時より同誌記者として活動。
聞き手:名越健郎(なごし・けんろう)拓殖大学特任教授。1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社。モスクワ支局長、ワシントン支局長、外信部長などを経て退職。拓殖大学海外事情研究所教授を経て現職。ロシア政治ウオッチャーとして活躍する。著書に「独裁者プーチン」(文春新書)など。
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