日本列島から南へ約2500キロ。北西太平洋にあるのが、最大深度1万983メートルという「世界で最も深い海溝」マリアナ海溝だ。
2014年、某日。マリアナ海溝の音響調査をしていた米オレゴン州立大学(OSU)の海洋学研究チームが、海底から聞こえてくる不気味な怪音をキャッチした。音の正体は、光が届かない深海で暮らす生物の鳴き声、あるいは沈没した船か潜水艦から漏れ出す駆動音なのか…。科学者の間では、その正体をめぐる侃々諤々の意見が交わされた。
その正体をつかめないまま、10年の時が流れた今年9月、アメリカ海洋大気庁(NOAA)の最新研究により、この音声の正体が明らかになったとして、研究の詳細が9月18日付の科学雑誌「Frontiers in Marine Science」に掲載された。
この音声は研究者たちの間で「ビオトワング(biotwang)」と呼ばれ、前半部のブオォーンという波動が広がるような音の後に、強い振動音が続くという、2つのパートからなっている。一聴すると金属音のようでもあり、生き物の鳴き声にも聞こえるのだが、
「2016年に一度、シロナガスクジラかザトウクジラの声ではないか、という仮説が広がったのですが、分析の結果、既知のクジラの鳴き声とは一致せず、未解決のまま10年の歳月が過ぎてしまいました」(サイエンスライター)
そんな中、NOAAの海洋学研究チームは音の正体を明らかにすべく、2005年以降、マリアナ海溝を含む北太平洋エリアで録音調査を継続。なんと、20万時間以上の音声データ収集した。Googleの協力を得てAIに全ての音声データを聴かせてトレーニングさせ、機械学習アルゴリズムを用いてノイズを除去したところ、ニタリクジラの鳴き声と一致したという。
「ニタリクジラは水温20℃以上の、世界中の海に広く分布しています。マリアナ諸島で録音された10頭のうち、9頭の鳴き声が一致したことから、ニタリクジラの可能性が高いとして、科学雑誌での公表に踏み切ったようです」(前出・サイエンスライター)
実はビオトワングだけではなく、深海では過去にも数多くの「不思議な怪音」が観測されており、1991年にアメリカ海洋大気庁が水中マイクSOSUSで感知した「アプスウィープ(Upsweep)」をはじめ、1997年に同庁が感知した「Bloop(ブループ)」がある。また、同年には太平洋赤道付近で「スローダウン(Slow Down)」という怪音が観測されているが、どれも原因は明らかにされてない。
深海に生きる未確認生物なのか、あるいは沈没船からのSOSなのか…。広大な海の底で、我々の知らない何かが起こっている。
(ジョン・ドゥ)