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記事全文を読む→【追悼】虐待・ネグレクト・家出・絶縁…遠野なぎこが漏らした「母のDNAが怖いんです」/壮絶「芸能スキャンダル会見」秘史
痛ましすぎる出来事ではあるが、これでようやく彼女は、長年苦しめら続けてきた「母の呪縛」から解き放たれたのではないだろうか。6月下旬から連絡が途絶えていた遠野なぎこさんが死去していたことが7月17日、親族からオフィシャルブログを通じて発表された。
都内にある遠野さんの自宅から身元不明女性の遺体が発見されたのは、7月3日。だがそれから10日以上が経過してもなお、警察からその遺体が遠野さんであるか否かについての発表がなかったことで、様々な憶測が広がっていた。
神奈川県川崎市で生まれた彼女が子役デビューしたのは、6歳の時だった。その後、大手芸能事務所に所属し、20歳でNHK朝ドラ「すずらん」のヒロインに抜擢されるなど、女優としての活動は順風満帆に見えた。
しかし、私生活では奔放な男性遍歴から「7股女優」の異名を持つなど、波乱に満ちた半生がたびたび芸能マスコミを賑わせることに。2013年に出版した自著に綴られたのは、壮絶な幼少期だった。
父母から虐待を受け、両親の離婚後は母親に引き取られたものの、自身も含めた4人きょうだいがネグレクトの状態に置かれて、16歳で家出。そして家族とは絶縁状態に…。
34歳の時に、出会って2カ月でのスピード婚報告会見を開く。2014年5月9日のことだ。相手は元プロボクサーの肩書きを持つ、都内でバーを経営する39歳の男性。2人は3月に知人の紹介で知り合い、わずか2カ月で入籍した。
遠野さんは2009年5月にも交際半年で年下の会社員と結婚するも、わずか72日で離婚した経験がある。この時は「婚前契約書」なる覚書を交わしたというが、
「今回は不安がないので、婚前契約は交わしていない。今まで結婚式って幸せの押し売りという感じがして否定派だったけど、昨日、結婚情報誌を買っちゃいました」
満面の笑みを浮かべてそう話していたのだが、二度目の結婚もうまくはいかず。
2014年7月1日に離婚会見に臨んだ彼女は、わずか55日間での破局理由を語った。
「私の自尊心の低さが、いちばんの原因です。いつも自分に自信がないんです。(結婚したのは)幸せになりたかっただけ。でも幸せのなり方がわからないんです。頼り下手で、彼を信じきれなかった。人の心の中に飛び込むのが怖いんです。私には難しいのかもしれません」
そして唇をかみしめ、こう続けたのである。
「好きでいたいから。家族になりたいから結婚しましたが、無理をしてまで続けるものではないとは思いました。だから前を向いた状態での離婚です。今でも大好き。(離婚して)楽にはなった。結婚してた時よりも仲良し」
そう涙をぬぐいながら語る彼女の左手薬指には、「前夫」との結婚指輪が輝いていた。
3度目の結婚は2023年2月。これもわずか2週間後に、ブログで離婚を報告することになる。
かつてイベントで語った、彼女のこんな言葉を覚えている。
「子供を持った時、私も母のようになってしまうのではないかって…。母のDNAが怖いんです」
ただただ、冥福を祈るばかりである。
(山川敦司)
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