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記事全文を読む→【感動秘話】サッカーを辞めた中村憲剛を救ったのは「中学1年でJリーグ開幕」と「ヴェルディVSマリノス」
Jリーグ誕生の目的のひとつが、日本サッカーの強化だ。サッカーに専念できる環境を作ることで、選手個人のレベルアップを狙った。また各クラブがユースチームを持つことで、若年層の育成は進歩した。Jリーグによって大成した選手は少なくない。日本代表として活躍した元川崎フロンターレの中村憲剛氏は、Jリーグがなければ今の自分はいなかった、という。
小学1年生からサッカーを始めた中村氏は高い技術を持ち、年上の選手とプレーした。ところが中学生になると、身長126センチだった中村少年は苦戦。
「もう全然ダメだなって思って。で、監督やチームメイトのせいにして、辞めたんです。最悪ですよね、今思えば」
橋本英郎氏のYouTubeチャンネルでそう語ったのだが、中学のサッカー部を辞めた中村氏は1年間、本格的なプレーから離れることになる。そのままサッカーを辞めてしまう可能性もあったが、
「Jリーグが開幕したんですよ、中1で。ちょうど(サッカー部を)辞めたぐらい。最初にあのヴェルディとマリノスの開幕戦で、あそこに行きたいなって思って。そう、だから僕ね、救われたところがあって、Jリーグに。Jリーグがあそこで開幕しなかったら多分、今いないと思う、ここに」
こうしてクサることなく、中学2年生になるのを機に、サッカー部に復帰。高校、大学とプレーを続け、憧れのJリーグ入りを果たした。2006年にはオシムジャパンに招集され、2010年W杯南アフリカ大会に出場。
その活躍は、Jリーグが誕生していなければ存在しなかったのである。
(鈴木誠)
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