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記事全文を読む→引退10周年記念インタビュー!天龍源一郎はリングを降りても闘い続ける「壮絶宿命」(1)「高橋英樹は凄いな!」って
引退から早10年、リングを降りてもなお次々と「過酷な道」が待ち受けていた。畑違いの芸能界、愛妻の死、病魔との闘い─。日本人で唯一、馬場・猪木の両巨頭からピンフォール勝ちを収めたミスター・プロレスが、己の宿命を激白する。
─天龍さんは2015年11月15日、両国国技館でのオカダ・カズチカ戦で65歳にして引退。あれから10年が経ちました。引退後も波瀾万丈だったと思います。
天龍 引退した時は、解放されたっていう感じが強かったですね。引退試合の後に「腹いっぱいやるだけやった」って言葉が出たけど、その通りでしたよ。たとえば相撲にいたら四股踏まなきゃいけないとか、時間が余ったら鉄砲をしなきゃいけない。プロレスだったらジムに行かなきゃいけないし、時間があればタンニング(日焼け)して精悍に見えるようにしなきゃいけないっていうのが常に恐怖のように襲ってきたけど、そういう呪縛みたいなものから解き放たれた。解放されたと思ったんだけど‥‥あにはからんや、心と体に染みついたものがあって、パッと夜中に目が覚めて「あれっ、今日どこで試合だっけ?」とか「ジムに行かなきゃ」って思うんですよね(苦笑)。そういうのが抜けるまで1年半ぐらいかかりましたよ。
─引退後はリングではなく芸能界が仕事場になりました。指原莉乃とクイズ特番のMCをやったり「秘密のケンミンSHOW」や「ダウンタウンDX」といったバラエティー番組への出演、平野紫耀と清涼飲料水のテレビCMに出たり─。
天龍 ビッチリ仕事があって、プロレスの時ほどじゃないけど、それなりの年収があって「ああ、俺の人生って、70ぐらいまでこのペースで入ってくる芸能の仕事で年収何千万くらいは稼げるんだな」と思って過ごしていたのに、3年経ったらピタッとオファーがなくなって「えっ!?」って思ったのを覚えていますね。プロレスって現役でいる限りは日程があって、試合を組まれるわけだから、それがずっと続くという感覚で芸能の仕事もやっていたのが、ピタッとオファーがなくなった。暇を持て余すようになって「やっぱり芸能界は凄い社会だな」と思いましたね。だから今思うことは「高橋英樹は凄いな!」って。だって俺が13歳の時にもう日活映画のスターだったんだから。それが80過ぎてもずっとトップで稼いでいるわけですからね。
─天龍さんにとって畑の違う芸能の仕事というのはいかがでしたか?
天龍 テレビ局に行って紋奈さん(愛娘で天龍プロジェクト代表)に「今日は何をやるんだよ?」って聞いて、こうこうでって言われて「そんなことをやらなきゃいけないのか、俺は!? 」って食ってかかって「そんなに嶋田家(天龍の本名)は金が欲しいのか、この野郎!」って逆ギレして文句言ったのを覚えてますよ(苦笑)。今になってみれば、ホントに懐かしい。それくらいうぬぼれて、天狗になっていたということですよ。
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