8月に入り、各地で酷暑が続く中、いっそうの熱中症対策が叫ばれている。デスクワーク中や外出時、喉を潤すために清涼飲料水やスポーツドリンクをガブ飲みするサラリーマンの姿も目立つ。しかし、喉の渇きを解消するつもりの水分補給が、かえって体に深刻な不...
記事全文を読む→藤波辰爾に健康必殺技「ドラゴン・ストレッチ」を学ぶ!(2)ベイダー戦での大ケガを語る
プロレスラーとしては決して巨漢でない藤波氏だが、超ヘビー級とも正面からぶつかり合った。190センチ・170キロのビッグバン・ベイダー選手(故人)との試合をご記憶の方も多いだろう。藤波氏36歳の時だが、ここで強烈なダメージを受けてしまう。1989年6月22日のことだ。
「あの日、強烈なバックドロップを受けて、脚に電気が走ったような感覚があった。控室に戻ってから激痛で動けなくなって、診断結果は椎間板ヘルニア。それからは仰向けにもなれない地獄の日々が続きました」
その後も痛み止めの注射を射ってリングに上がるが、限界が来て長期欠場。
「半年は自宅マンションから出られず、ベランダから飛び降りる光景を想像することさえありました」
そんな状況に光明が差したのは、ある専門医との出会いだった。その医師は、こう言った。
「痛くない程度に体を動かして、筋肉のバランスをまず一回整えましょう。それから使えない状態になった筋肉を少しずつ使えるように、内面からアプローチしていきます」
藤波氏は医師の教えを2カ月間実践。すると何をやっても消えなかった痛みが治まり、1年3カ月ぶりにリング復帰を果たした。
「僕だけでなく家族にとっても、信じられない奇跡のような出来事でした」
この時学んだのが、インナーマッスルの大切さだ。プロレスラーに必要なのは、見栄えのいい筋肉だけではない。体の深層の筋肉を鍛えなければケガをしやすくなり、結果、長くリングに立つことはできなくなる。地味な運動の積み重ねが奏功したのだ。
「ただ、立ち上がれるようになったとはいえ、ヘルニアは完治していないので、当時は毎試合、痛み止めの座薬を入れてリングに上がっていたものです」
当時は年間250を超える試合をこなしていたそうで、「何本座薬使ったのかね(笑)」と笑顔で振り返る藤波氏だが、体のトラブルは続いた。2015年には脊柱管狭窄症の手術を受けるはめに。
「神経に触れていた部分の骨を削ったら、腰がだいぶ楽になったけれど、今度は逆に右脚が動かなくなった。思うようにステップが踏めなくなったんです」
脊柱管狭窄症とは、手足を動かす神経の通路である脊柱管が骨の変形や椎間板・靱帯の突出などによって狭くなる症例。手や脚の痛み、しびれ、歩行障害、排尿障害などの症状を引き起こす怖い疾患だ。
藤波氏の場合、長年バンプ(受け身)を取り続けたことが原因だという。その手術を受けたのは62歳の時。本来なら術後も日常生活に支障をきたすものだが、「引退」は一切考えなかった。
「『絶対にもう一度リングへ戻るんだ』という思いしかなかった。やっぱりプロレスが心底好きなんですよね。生涯『ドラゴン藤波』でいたいんです。諦めたら終わり。まさに『ネバーギブアップ』ですよ」
プロレスファンなら誰もが知る藤波氏の「座右の銘」が飛び出した。
アサ芸チョイス
可愛さ余って憎さ百倍。いやはや、この2人のバトルは本当にすさまじかった。沢口靖子が主演したNHK連続テレビ小説「澪つくし」や、渡辺謙主演の大河ドラマ「独眼竜正宗」の脚本を手掛け、飛ぶ鳥を落とす勢いだった脚本家のジェームス三木氏。ところが19...
記事全文を読む→堺雅人主演ドラマ「VIVANT」(TBS系)が3年ぶりの続編でも、圧倒的な存在感を放っている。第2シーズンの初回放送は、平均世帯視聴率18.8%(ビデオリサーチ調べ・関東地区)を記録。放送中にはXで世界トレンド1位になった。前作は2023年...
記事全文を読む→2024年7月に停車中のロケバス内で共演者の女性に性的暴行をしたとして、不同意性交と不同意わいせつの罪に問われたのは、元お笑いトリオ「ジャングルポケット」の斉藤慎二被告だ。その第6回公判が8月5日に東京地裁で開かれ、検察側は懲役7年を求刑。...
記事全文を読む→
