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Posted on 2025年11月16日 06:00

プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈日本シリーズの歴史で唯一の暴力退場劇〉

2025年11月16日 06:00

 それは今なお、1950年から始まった日本シリーズ(当初は日本ワールド・シリーズの呼称)において、「危険球退場」を除くとたった一度の退場劇として残っている。

 69年10月30日、後楽園球場での巨人対阪急(現オリックス)第4戦だった。

阪 0 1 1 1 0 1 0 0 0=4
巨 0 0 0 6 0 2 1 0 ×=9

 巨人は2勝1敗でこの戦いを迎えていた。阪急に3点のリードを許していたが、4回裏に絶好の反撃機をつかんだ。

 無死から土井正三、王貞治の連打で一、三塁とし、打席に入ったのは4番の長嶋茂雄だった。

 マウンドには宮本幸信が立っていた。長嶋はフルカウントからの6球目、ヘルメットを飛ばしながら空振り三振に倒れた。

 後楽園に「ああっ‥‥」という悲鳴が上がりかけた、その時だった。

 一塁走者の王が二塁にスタートしたのだ。捕手の岡村浩二は二塁の山口富士雄に送球。これを見た三塁走者の土井が本塁に突入した。重盗である。山口は二塁ベース前でカットし、すぐに岡村に転送した。

 ボールは低く、ややそれた。長嶋のヘルメットが転がっていたため、土井はスライディングできなかった。

 結果、左足のスパイクをスーッと伸ばして本塁を踏みにいった。岡村は捕球してからのタッチとなり、少し時間がかかったが、得意のブロックで小柄な土井を吹き飛ばした。

 誰もがアウトと思った。三塁側阪急ベンチ、阪急ファンからも「やった。アウトだ!」と歓声が上がった。

 しかし次の瞬間、主審の岡田功は両手を大きく広げた。

「セーフ!」

 岡村は岡田に文句を言うより先に、胸倉をつかんでいた。すごい剣幕だ。岡田のアゴに、ミットでストレートパンチを叩き込んだ。

「退場!」のコール。監督の西本幸雄、コーチ陣が慌てて止めたが、岡村は制止を振り切ってさらにもう一発浴びせた。

 3分後に再開となったが、これで試合の流れは一気に巨人に傾いた。扇の要・岡村の退場で宮本が動揺した。

 巨人は2死から国松彰、末次民夫(現在は利光)、高田繁らのタイムリーと敵失にも乗じて、打者10人で大量6点を奪った。

 岡村は試合後、興奮の冷めない表情でこう話した。

「ボクはブロックだけが取り柄みたいな男だ。自信がなければあんなことをしません。こちらはケガ覚悟でやっているのに、いきなり退場はひどすぎる」

 もっとも、手を出した2発に関しては「やっぱり暴力だけはいかんですね」と反省もした。

 一方の岡田は、興奮を抑えて反論した。

「岡村はブロックしたと言っているが、わずかな両足の間の空間に土井の足が素早く入るのを見届けて、自信を持ってセーフとした。岡村はベースの真上に構えていた」

 岡村は高松商時代の58年、夏の甲子園に出場。立教大学を経て61年、阪急に入団した。正捕手として活躍し、この年はベストナインに選ばれている。

 巨人は3年連続で阪急との対戦だった。68年は4勝2敗で勝ったが、それは岡村を徹底的にマークした結果だった。ヒットは6戦でわずか1本に抑えた。

 ところが今シリーズは第3戦まで9打数4安打と打棒好調で、投手陣のリードも冴えていた。

 岡村の退場で、慌てて若い中沢伸二がマスクをかぶった。だが、突然の出場にまごついていた。阪急は守勢に回ったのだ。

 岡村の激高には伏線があった。退場劇の直前、長嶋が0-2後の真ん中高めの球に微妙なハーフスイングをし、これを岡田が「ボール」と判定していた。

 退場はその判定に監督の西本、宮本と岡村のバッテリーが激しく抗議した矢先だった。

 当時、巨人と対戦する時は「10人目の敵がいる」と言われた。巨人びいきの判定が多い。球界にはこんな疑惑が広がっていた。岡田はセ・リーグの審判である。阪急は冷静でいられなかった。

 しかし、翌日の一般紙、スポーツ紙を見てみんながビックリ仰天した。

 土井の左足が岡村のブロックを巧みにかわしてベースに届いている写真が、1面にでかでかと掲載されたのだ。

 土井の「岡村は両足でベースをまたいでいたが、その間から左足で本塁の真ん中を踏んだ。ベースのラバーを踏んだ感触があった」という言葉が証明された。

 神の左足─。

 試合後、岡田は「痛い」と怒っていたが、一夜にして評価は急騰した。

 王手をかけた巨人は第5戦(後楽園)を3対5で落としたものの、11月2日、西宮球場での第6戦を9対3で快勝し、V5を達成した。

 当時のコミッショナー・宮沢俊義は退場劇を受けて、ビデオテープによる判定には「それを参考にするようなことは、今後の問題ですよ」と語っている。

 日本球界がビデオ判定を導入したのは41年後の2010年からで、それも当初は本塁打の判定だけだった。

 現在の「リクエスト制度」が導入されたのは、その8年後となる18年からだ。

 岡田は13年後の82年にまたもや暴行劇の主役となった。

 8月31日、横浜スタジアムでの大洋(現DeNA)対阪神戦で、主審を務めた際に起こった。

 阪神・藤田平の飛球がフェアかファウルかの判定を巡って、阪神の柴田猛、島野育夫の両コーチから殴る蹴るの暴行を受けて全治2週間のケガを負った。

 ミットでアゴを2度どつかれるどころの痛みではなかった。

 (敬称略)

猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。

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