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記事全文を読む→奇跡の脱北起業家〈第6回〉なぜ彼女は「平壌冷麺」と海を渡ったのか(3)山をさまよい歩き、泥水を飲む
さて、ヨンヒが普天のブローカー宅に身を潜めて3日目の夜だった。いつものジャガイモご飯を食べていると、ブローカーの妻が声をひそめて言った。
「ヨニちゃん、今晩よ」
ヨンヒはリュックを確認した。大事に使っていた黒字に白の水玉模様の日本製リュックだ。Tシャツなどの着替え3セット、干しイカなどの食べ物少し、父と最後に撮った家族写真1枚、祖母にもらった24Kネックレスと指輪がすべてだった。現金5000ドルはおなかに巻き、アヘンの塊は新聞紙に包んでズボンのポケットに押し込み、念のためカミソリも入れた。ブローカーからは中国製の簡易携帯電話が渡された。「1」を押せば、中国にいる支援者につながる設定になっていた。
ブローカーの家を出たのは真夜中の2時、雨はあがっていた。月も星も見えない。懐中電灯もなく、暗闇をブローカーに手を引かれ歩く。20分ほどして、ここで隠れるよう指示され、座っていると若い男の声がかすかに聞こえてくる。国境警備の軍人らしい。なにやら交渉を終えたブローカーが「パーリ、ナワ!(早く出てこい)」と呼ぶ。恐る恐る近づいていくと、軍人が現れ、案内役が交代、ブローカーは立ち去った。また暗闇を歩く。「この先が川だ。そのまま行けば中国だ」。軍人はそれだけ告げ、姿を消してしまった。
案の定、鴨緑江は激しい濁流だった。
「川に入った瞬間、体ごと流されたんです。水はすごく冷たかったけど、気になんかしていられない。溺れそうになりながら、水に沈んだり、浮いたり、20~30分は流されたかな。もうだめだと思ったとき、足に木の根っこみたいなものがぶつかった。本能的にそれをつかみ、必死になって対岸へとたどりつくんです。幸い中国側に生えていた木だったので助かるんですが、あの根っこがなかったら、私は間違いなく溺れ死んでいました」
長い夜が明け、空が白んでくる。ヨンヒは川沿いの道路から山に入り、ずぶ濡れの服を脱ぎ捨て、着替えた。アヘンがふやけ、臭くてしようがない。急いでラップにくるんでいた携帯電話を取り出し、「1」を押したが、電波がまったく入らない。
「なんで? どうして? 48時間、山をさまよい歩きました。恵山で買ったスニーカーはボロボロ、ずっと寝てないので意識はもうろうとする。おなかがすくのは耐えられましたが、のどがカラカラで死にそうになるんです。道路にはあちこち監視カメラがあり、見つかれば射殺されるかもしれないけど、山を下り、川の汚い水を手ですくってごくんごくん飲みました。泥水なのにおいしかったあ!」
岩に腰かけ、ひと息ついたヨンヒ、携帯電話の電波を探し、とぼとぼ歩きだした。
「そこへシルバー色の車がきたんです。中国の公安かもわからなかったけれど、助けて! と夢中で手を振った。でも、びゅーっと通りすぎる。ああ、なんて冷たい人ってがっかりしていたら、バックしてきたんです。どこへ行くの? へたくそな朝鮮語で聞くんです。北朝鮮と貿易をしている中国人でした。中国の親戚に会いにきたけど、電波が入らず困っていると言うと、よしわかった、と車に乗せてくれたんです。これ食べろ、と水や月餅、それにソーセージみたいなものまでもらいました」
3、4キロは走っただろうか。もう電波が入ってもよさそうだった。ヨンヒは祈るような気持ちで携帯電話の「1」を押した。「ヨボセヨ( もしもし)‥‥」と呼びかけたら、男性の声がした。
「韓国人の牧師さんでした。ああ、助かった! その声だけで全身の力が抜けるようでした。いまどこって聞かれても、山のなかを歩いてたって答えるしかない。運転手さんに説明してもらい、待ってたら、10分もしないうちに車で迎えにきてくれた。ニコニコほほえむ牧師さんを見て、涙が止まらなくて」
牧師が活動の拠点にしていたのは長白という都市だった。
「着いて、びっくりしました。長白は中国の田舎町でしょ。それでもキラキラ、にぎやか。みんな生き生きしている。朝鮮族の女性に銭湯に連れていってもらい、服を買いに市場にもでかけました。私はマンションに身を寄せるんですが、牧師さんに食べたいものをひとつリクエストしたんです。バナナ! 平壌のバナナは皮が黒ずんでいるのにすっごく高くて。あきるくらいバナナを食べるのが夢だったのでお願いしたら、箱入りの立派なバナナ2房を買ってきてくれ、むしゃむしゃ食べました」
最初の関門、鴨緑江は越えた。見知らぬ土地で親切な中国人に出会え、やさしい牧師の笑顔にもいやされた。奇跡だ、とヨンヒは心底、思った。だが、もっと広い世界に生きるための彼女の逃避行はまだまだ波乱が続くのだった。
鈴木琢磨(すずき・たくま)ジャーナリスト。毎日新聞客員編集委員。テレビ・コメンテーター。1959年、滋賀県生まれ。大阪外国語大学朝鮮語学科卒。礒𥔎敦仁編著「北朝鮮を解剖する」(慶應義塾大学出版会)で金正恩小説を論じている。金正日の料理人だった藤本健二著「引き裂かれた約束」(講談社)の聞き手もつとめた。
写真/初沢亜利
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