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Posted on 2025年12月21日 06:00

プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈小山正明はパームボール開発で狭い自軍球場を克服。山内一弘は広い甲子園で浜風を利用する打撃に徹した〉

2025年12月21日 06:00

 1963年12月26日、年の瀬が迫った日の夕刻、大阪梅田の阪神電鉄本社は報道陣でごった返していた。

 プロ野球史上、今後も語り継がれるであろう、阪神の大エース・小山正明と大毎(現ロッテ)の主砲・山内一弘とのトレード発表である。

 ネームバリューやトレードの成果から「世紀のトレード」と呼ばれる。

 山内は31歳。大毎在籍12年間で打率3割台を9回、この間、MVP1回、首位打者1回、本塁打王2回、打点王4回を記録していた。

 球宴となると、1人で賞品を独占した。要するに、ここぞの場面で強かった4番打者であり、シュート打ちの名人だった。

 一方の小山は29歳。阪神在籍11年間で176勝136敗、年間防御率1点台を4回、さらに11年間で無四球試合を47試合記録していた。

「針の穴を通すコントロールの持ち主」は小山伝説の1つである。

 当時は主力選手同士のトレードはほとんど前例がなく、力の落ちた選手がチームを追われる。球団とケンカ別れをする。そんな暗いイメージしかなかった。

 それが大物同士のトレードだ。しかも2人は並んで会見に応じた。

 山内は「ボクもプロの選手だから阪神のユニホームを着た以上はベストを尽くして優勝に役立ちたい」と話し、来季の目標を聞かれてこう答えた。

「3割だね。もちろん、ホームランもジャンジャン打ちたい」

 対する小山は、こんなことを言った。

「これからは大毎の小山としてベストを尽くしたい。15勝はどうだろうか。ヘタすれば1勝もできず、うまくいけば50勝ということもあるだろう」

 最後は冗談交じりで笑った。

 世紀のトレードを仕掛けたのは、大毎のオーナー・永田雅一だった。

 同年の大毎は5位。優勝した西鉄(現西武)から23.5ゲーム離された。「ダイナマイト」と称するリーグ1の打線を擁しながら、投手力はリーグ最低だった。

 1点差負けが26試合(当時は150試合制)あり、30勝できる先発完投型の投手を喉から手が出るほど欲していた。

 永田は当初、中日のエース・権藤博の獲得に動いたが断念。小山に照準を絞った。

 阪神に「トレードで小山を獲得したい」と申し込み、その際に永田は「小山を獲得できるのであれば山内でも榎本(喜八)でも構わない」と提案した。

 榎本はクリーンアップを任される、3割打者の常連だった。

 永田はある情報をキャッチしていた。

 当時の阪神がスターとして推していたのは、小山の2歳年下、村山実だった。

 小山は村山を上回る成績を残していたが、その差は待遇面でも明らかだった。

 嫌気が差しているのではないか。永田の情報アンテナがフル回転した。

 阪神のオーナー・野田誠三は監督の藤本定義に相談した。小山はこの時点で、8年連続2ケタ勝利を挙げている。

 阪神は前年、15年ぶりにリーグ優勝を果たした。小山は27勝をマークし、25勝の村山とともに勝利の美酒に貢献した。

 藤本は当初、「出せません」と反対したが、条件として山内、榎本の名前を聞くと「本当ですか?」と驚いたという。

 阪神は打力の低さが課題だった。優勝した62年でさえ、チーム打率は2割2分3厘、チーム本塁打は64本だった。

 3位に終わった63年も打線の低調ぶりは変わらず、主砲不在は深刻で、絶対的な4番が大毎同様に「喉から手」だった。

 ライバル・巨人のクリーンアップである3番・王貞治、4番・長嶋茂雄、5番・坂崎一彦の総本塁打は86本だった。

 阪神は3番・並木輝男、4番・遠井吾郎、5番・藤井栄治の3人合わせて35本。これではあまりにも少ない。

 藤本は悩んだ末にトレードを受け入れた。小山を出してまで山内を欲しかったのは、主砲不足という理由があったからだ。

 小山もまた他球団への移籍がプロ人生の転機になる。前向きに捉えていた。未練や後悔を一切残さなかった。

 世紀のトレードは双方にとって利益を得る「ウインウイン」となった。

 小山が移籍した大毎の本拠地・東京球場は狭く、本塁打が出やすかった。投手にとっては不利である。

 しかし小山は翌64年に、30勝12敗を挙げて最多勝のタイトルを獲得した。特に東京球場では、17勝4敗と大きく勝ち越した。

 打者の手前で減速して落ちるパームボールを開発したからだ。

 落ちるボールを叩くとほとんどが内野ゴロになり、飛球になりにくい。狭い球場での本塁打対策である。

 小山はオリオンズで140勝を挙げて歴代3位の通算320勝を達成した。70年のリーグ優勝にも貢献している。

 山内は逆に狭い球場から広い甲子園に移ったが、31本塁打を放って2年ぶりの優勝に貢献した。

 甲子園球場の右翼から左翼へ吹く強風、いわゆる浜風を利用する打撃に徹したのである。

 阪神は同年にチーム本塁打が100本台(114本)に達し、ペナント奪還の原動力になった。

「巨人を叩き潰すつもりでやる」

 阪神入団が決まった会見でのコメントを有言実行してみせたのである。

「置かれた場所で咲きなさい」

 多難な人生に立ち向かうためのメッセージだ。

 球史に名を残すような名選手は、与えられた環境の中で自分らしく最善を尽くすのである。

 小山は今年の4月18日、心不全のため死去した。90歳だった。

 (敬称略)

猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。

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