車の「ドアバイザー」はいるのか、いらないのか。この議論は何年経っても終わらない。かつては新車を買えば、当たり前のように付ける人が多かったが、最近は必要性や見た目を理由に、あえて装着しない人がいる。一方で、雨の日の換気や夏の猛暑対策、燃料代の...
記事全文を読む→【江戸末期の秘史】ペリーの黒船にまんまと忍び込んで諜報活動「ラストニンジャ」がくすねた「パン2個・タバコ2本・ろうそく2本・メモ2枚」
「ラストサムライ」ならぬ「ラストニンジャ」を知っているだろうか。ペリーの黒船に忍び込み、パンを盗み出した忍者がいる。伊賀の沢村保祐、通称は甚三郎で、津・藤堂藩の無足人だったという。無足人とは苗字帯刀を許され、士分や郷士より身分は上だった。
だが江戸も末期となれば、忍者は無用の長物だ。嘉永6年(1853年)にマシュー・ペリー提督が日本とアメリカの通商を求め、神奈川県浦賀沖に来航したことで、事態は一変する。世間は当然ながら、大騒ぎに。
「泰平の ねむりをさます 上喜撰(じょうきせん) たった四杯で 夜もねられず」(上喜撰という上質の茶を飲むと夜眠れなくなるように、4隻の蒸気船により安らかな眠りが妨げられ、不安で仕方がない、という意味)」
こんな狂歌が流行したのだった。
庶民だけでなく、幕府も大騒動に見舞われた。当時の幕府の責任者、老中首座の阿部正弘は開国の是非を外様大名や旗本に求めたが、情報があまりに少なく、妙案や結論など出るはずがない。そこで幕府から藩主の藤堂高猷を通じ、沢村甚三郎に諜報活動の命令が下ったのである。
甚三郎は闇夜に紛れて黒船に乗り込んだわけではない。枯れ木も山の賑わい作戦だ。幕府側はペリーと交渉する際に約60人の関係者を送り込んだが、その中に甚三郎が潜り込んだ。相手も日本人など見たことがなく、誰が誰だか区別はつくはずもない。それを利用し、堂々と黒船に乗り込んだのだ。
甚三郎はそこで乗組員からパン2個、タバコ2本、ろうそく2本に2枚のメモをくすねて持ち帰った。
そのメモには重要機密は書かれておらず、当時のヨーロッパで流行った「イギリス女はベッドが上手、フランス女は料理が上手、オランダ女は家政(家事)が上手」といったことや、哲学的な格言が書かれていたらしい。重要機密ではなくとも、当時の外国人を知る一級の資料だったことは間違いない。
パンの行方だが、2個のうち1個は藩主の息子・高潔から「くれ」と言われて差し出し、もう1個は保管したとされている。そのパンの味はいったい、どんなものだったのか。「ラストニンジャ」の諜報活動の成果が気になるところである。
(道嶋慶)
アサ芸チョイス
巨人がセ・パ交流戦15試合消化時点で9勝4敗2分と、白星を積み重ねている。パ・リーグ球団がセ・リーグ勢を圧倒する交流戦で、巨人はセで唯一、大きく勝ち越している。阿部慎之助前監督から引き継いだ橋上秀樹監督代行の、調子がいい選手をとにかく使うス...
記事全文を読む→まさにハチの巣をつついたような騒ぎになっている。昨年までロッテ監督だった吉井理人氏が、楽天の新監督に就任することが決まったからだ。混迷を極める楽天らしい、シーズン途中という異例のタイミングである。そんな中、楽天は6月17日の午前中に仙台市内...
記事全文を読む→阿部慎之助前監督が去った巨人は、橋上秀樹代行体制で臨んだセ・パ交流戦に、セ・リーグ球団で唯一、勝ち越した。6月19日からはリーグ戦の再開となるが、ここに元巨人1軍打撃チーフコーチが爆弾を投下した。野球解説者・愛甲猛氏のYouTubeチャンネ...
記事全文を読む→
