事件
Posted on 2026年02月21日 10:00

佐藤誠「取調室の裏側」〈殺人犯を落とす佐藤流調べ術「密室の戦場」で学んだ心得〉

2026年02月21日 10:00

 前回、人気ドラマ「緊急取調室」を取り上げた。強調したいのは「完落ち」が静けさの中で訪れることだ。ドラマの「完落ち」とは違い、現実のホシは他愛のない雑談の最中、突然、告白を始める。その瞬間が取調官の醍醐味だ。取調室秘話に興味を持つ読者は多いようで、くせ者のホシとどう対峙したのか――俺流の取り調べ術を明かそう。

 黙秘権を行使するホシ。双方に忍耐を強いられる。だが目は口より雄弁で、揺れ、伏せ、逸らすなど感情を語る。大事なのは主導権を奪われないこと。だから俺は「黙る理由があるなら、無理に話さなくていい」と告げ、徹底抗戦の構えのホシの虚を突く。

 06年に「マブチモーター社長宅殺人放火事件」の犯人は「一言も喋らない」と、顔を合わせるや完黙を宣言してきた。だが沈黙に耐えられた時間は、たった1時間。相手が降参して以降は雑談で信頼関係を作り、最後は犯人だけが知る「秘密の暴露」や30件以上の泥棒の余罪まで明かした。

 攻めずに語らせる対話術は、供述調書にサインをしないホシにも有効だ。署名・押印をしないと裁判で証拠として扱われない。それを使って主導権を取ろうとする。だから俺は「したくなければしなくてもいい」と突き放す。交渉カードを喪失させることで、主導権をキープするのだ。

「完全肯定」は調べのキモだ。人生、人格、言い分を丸ごと認めることで、犯人を「刑事を困らせたくない」という心理にさせる。この「一緒に捜査をする」というメンタルを、俺は「ポライト状態」と名付けた。ポライト状態になると検事取り調べや公判でも供述を変えない。

 受け答えがウソまみれのホシもいる。そんな時には、あえて相手まかせで、用意してきたストーリーを気持ちよく語らせる。重要な原則は途中で話を潰さないこと。1週間もウソを語ったホシもいたが、聞きたいのは「矛盾」だ。辻褄が合わないので最後に自滅するし、人は何かを守るためにウソをつく。その「何か」を見極めることが事件の真実を知る鍵になった。

 難敵は女性犯だ。取り調べは記録する立会人、トイレに行くため女性警察官も同席する。

 コツは事実確認よりも感情に寄り添い、聞き役に徹すること。女性犯の特徴は「独自の正義観」を持っていることだ。憤怒、殺意、犯行に及ぶ理由は、一般常識とは異なる「彼女の世界の正義」だ。「この人は私の正義を受け入れてくれた」と思った瞬間が、切り込む時だ。タイミングを間違えれば、「この人は私のことを何もわかっていない」と失格の烙印を押され、口を閉じる。女性取調官を充てればと思うかもしれないが、女性の敵は女性。お互い感情的になって収拾不能になるのも、取調室の裏側の風物詩だ。

 今日も密室の戦場で暗闘劇が繰り広げられている。

佐藤誠(さとう・まこと)警視庁捜査一課殺人犯捜査第一係、通称「サツイチ」の元取調官。1983年、警視庁入庁。2004年に捜査一課に配属。『伝説の落とし屋』と呼ばれる。「木原事件」で木原誠二氏の妻・X子さんの取調べを担当。2022年に退官。

佐藤誠の相談室
https://satomakoto.jp/

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