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記事全文を読む→プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈東京ドーム元年の開幕戦は関東地方に80年ぶり大雪〉
ビッグ・エッグに足を踏み入れた観客はコートを脱いだ。外とは違って、ドーム球場内はまるで初夏を思わせる気温である。
1988年4月8日、この年のプロ野球開幕日だ。
前夜から東京をはじめ関東地方では雪が降り始め、やがて大雪となった。
都心の積雪は9センチ。4月の降雪量としては1908(明治41)年以来、80年ぶり2番目の大雪だった。
この春、球界の注目と話題を独占していたのが、後楽園に隣接して建設された全天候型の東京ドーム、通称ビッグ・エッグだった。「ドーム元年」である。
開幕日としては最悪の状況だったが、午後1時予定の巨人対ヤクルト戦はプレーボールの運びとなった。
東京ドームは公式戦開幕日にその効力を存分に発揮したのだった。
存分に発揮‥‥文字にすればわずか5文字であるが、偶然にして季節外れの大雪がドーム球場の魅力をいきなり日本中にPRしたのだった。
これを天助と呼んでいいのか。とにかく奇跡的な出来事と言っていい。
次第に氷雨となり、午前9時の気温は2.9℃で、平年を9・8℃も下回った。まるで真冬の再来だった。
埼玉県の西武球場は早々と中止を決定した。銀世界が広がっていた。
東京ドームは温風による空調管理が効いて、快適な観戦環境である。
デーゲームの巨人対ヤクルト戦、ナイターでもう1つの本拠地球団・日本ハムがロッテとの開幕戦を行った。
巨人は王貞治が5年目の指揮を執っており、ヤクルトは関根潤三である。
巨人の開幕投手は桑田真澄。球団史上最年少となる20歳での抜擢で、対するヤクルトは30歳の尾花高夫だ。PL学園の先輩後輩である。
ヤ 0 1 0 0 0 0 0 3 0=4
巨 0 0 0 0 0 2 0 0 0=2
先手はヤクルトだった。2回、新外国人選手のダグ・デシンセイが初打席でソロ本塁打を放った。記念すべき、ドーム第1号だ。
巨人は6回、ウォーレン・クロマティが同点のソロ本塁打、中畑清の適時二塁打で逆転した。
だが、桑田に魔の7回が待っていた。先頭の池山隆寛の二塁打と代打・若松勉の内野安打で一、三塁。続く代打・秦真司は打ち取り、王はベンチで見守った。
続く荒井幸雄を二ゴロ‥‥誰もが併殺と思ったが、篠塚利夫からトスを受けた鴻野淳基が一塁へ悪送球して同点となったのだ。
桑田が肩を落とした。代打・高仁秀治にも内野安打を許して、また一、三塁となった。
王は左の角盈男をコールしたが、左殺し、代打・平田薫がフェンスを直撃する逆転の2点適時打、これで万事休した。
ドーム元年の開幕を飾ったのはヤクルト、初勝利投手は尾花だった。
「桑田はうまくしのいでいたけど、7回はらしさがなかった。鴻野はああいうプレーを想定した練習をしているはずだが‥‥」
王の言葉数は少なく、桑田はドームの長い通路を無言で歩いた。
巨人には不吉な黒星発進だ。継投が裏目に出たが、王は「今年のテーマは守備だ」と言い続けてきた。
だが、肝心の場面で守備の乱れが命取りとなり、シーズン開幕戦を落とした。
王巨人は開幕までに東京ドームでの前哨戦で「2勝」していた。
3月18日、こけら落としとなった巨人対阪神戦は9対4と快勝した。同29日からの「プロ野球トーナメント大会」でも前年の日本シリーズで敗北を喫した西武を下して優勝した。
就任1年目の84年、王は「球団創立50周年優勝」という重い十字架を背負ったが、優勝したのは広島だった。
この年もまた「ドーム元年優勝」の十字架を再び背負わされた。
王巨人はヤクルトとの開幕3連戦を2勝1敗と勝ち越した。4月を2位で終えて、5月途中に5位に落ちたことはあったが、7月の球宴を首位で迎えた。
だが、後半戦に入り広島に首位を明け渡すと、2度と首位には立てなかった。星野仙一率いる中日が7月下旬に首位になると、そのまま突っ走ってゴールした。
巨人は2位だったが、中日には12ゲーム差をつけられた。
クロマティ、3番の吉村禎章が7月、試合中の大ケガで離脱したことが響いた。
打撃10傑に4人が入り、2ケタ勝利投手が3人いたが、中日の勢いに膝を屈した。
王は9月29日、都内のホテルで辞任会見を開いた。実質的には解任である。
「監督を命ぜられた時から、いつか必ずこういう日が来ると理解していた」
眉間の縦ジワはない。むしろサバサバした表情を浮かべていた。
記念の年を優勝で飾れなかったことで退いた格好だったが、読売首脳にとっては、ライバルの中日に大差で負けたことが大きかったのである。
王の名誉のために記すならば、在籍5年間ですべてAクラス入りしている。
もう1つの開幕カードは、ロッテが日本ハムに3対2で逆転勝ちした。
ロ 0 0 0 0 0 0 0 3 0=3
日 0 0 0 2 0 0 0 0 0=2
日本ハム監督の高田繁が4年目のシーズンだった。3位は確保したが、西武と近鉄(現オリックス)の優勝争いに絡むことができずにシーズン終了後辞任した。
同年、くしくも開幕戦で逆転負けを喫した、かつてのV9メンバー2人の指揮官がユニホームを脱いだのである。
ちなみにこの日、東京ドームには2試合で10万7000人の観客が集まった。日本ハム対ロッテ戦は5万1000人。これは常打ち球場としてはリーグ最多であった。
(敬称略)
猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。
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