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記事全文を読む→“週刊アサヒ芸能・通巻4000号突破企画”「キャノン機関」トップ独占インタビューしたのはアサ芸記者だった(2)海外取材を社長に直談判
1970年8月、アサ芸は「私が松川事件の犯人だ!」という、日本軍の元特務機関員の告白を掲載した。
松川事件とは1949年8月17日、東北本線松川駅~金谷川駅間で列車が脱線転覆。乗員3人が死亡した事件で、19歳の少年線路工ほか計20名が逮捕されたが、1963年の最高裁で全員が無罪となった事件だ。平塚氏は、そのページにデスクとして参加していた。
「当時、一番力の強かった国鉄労組をGHQは潰したかったんですね。そこで、労組幹部を逮捕させるための口実作りとして列車を転覆させたんです。(元特務機関員の)中島辰次郎は、まったく知らずに犯行を手伝わされて、犯人の1人にさせられていたんです」
一連の諜報活動を行っていたのがGHQ傘下で、ジャック・キャノン氏が統括する組織、通称「キャノン機関」だったのだ。
事件から21年経って、みずから名乗り出た男の告白で明かされた真相は世の中を大きく騒がせることに。しかし、当然ながらアサ芸の独占記事は多くの反発も呼んだという。
「特に『週刊新潮』や新聞社系の週刊誌がこの告白記事がインチキだと言うんですね。“あのエロ雑誌にこんな記事ができるわけない”というね」
しかし読者からは支持され、同記事は19週にもわたる大連載に。そして平塚氏は、さらに動いた。アメリカで、当のジャック・キャノン氏に、ひいてはその上官、ダグラス・マッカーサー元帥の“右腕”と言われたC・A・ウィロビー元GHQ参謀第2部=G2部長・少将に会いに行く、というのだ。
「たまたま雑誌協会でアメリカ視察があったんです。向こうに行くチャンスだと。編集長に相談したら『社長に聞いてくれ』というので、社長に聞いたら『お前が行きたければ行けばいいじゃねえか』って。150万円用意してくれました」
直接会うための意気込みと軍資金は用意できた。あとは彼らに会うためのパイプだ。
平塚氏は「キャノン機関」の連載を手掛けていた作家の畠山清行氏に相談。畠山氏からつながっていったパイプの先には、かつてキャノン氏と同じGHQ傘下の諜報機関に在籍し、キャノンとは「オレ、お前」の間柄だったという在日韓国人の元軍人・延禎氏に行きついた。
アメリカで雑誌協会の仕事を終え、平塚氏は延禎氏に会いに行く。
「ロスで延禎さんと待ち合わせ、こっちの企画をお話ししたんですよ。ウィロビー将軍で、できれば週刊誌に連載したいってね。延禎さんは『ウィロビー将軍に会うには、やはりまずキャノンに会ったほうがいいだろう』と」
延禎氏はすでにキャノン氏に話してくれていたようで、会いに行くと2人を温かく迎えてくれた。
キャノン氏の家の近くのモーテルで3泊、その後、ついに“マッカーサー元帥の忠実な部下”であったウィロビー元少将と対面したのであった。
「マイアミの高級住宅街でしたね。著名な政治家とか軍人しか住んでいないような一角で。ホテルも取ってもらって3日間取材したんです。その1日目、午後2時過ぎ頃だったかな。1人の老紳士がやってきて、延禎さんに『誰ですか?』って聞いたら、戦後の日本統治に関する対日理事会の議長をやっていたシーボルドだって。シーボルドは『もう2時間過ぎたんで、将軍も年寄りですから今日はここまでにして、私の家でお茶でも飲みましょう』って。ウィロビーの家とシーボルドの家は、またげるくらい低い垣根で仕切られているだけの距離だったんです。私にとっては今でも忘れられない最高の思い出です」
この取材が、ウィロビー氏の回想記「実録・知られざるGHQ『私は日本のために占領軍の内幕を書く』」(1972年5月11日号)の形で実を結ぶ。第二次世界大戦の日本敗戦から戦後統治、ゾルゲ事件、朝鮮戦争など、当事者しか知りえぬGHQのウラ側を詳らかにするこの連載は好評を博すも、ウィロビー元少将の逝去によって30回で完結するのだった。
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