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記事全文を読む→「週刊アサヒ芸能」アサ芸“通巻4000号”の10大ニュース」血風録〈芸能篇〉(1)石原裕次郎が妻への感謝を激白
1956年10月に創刊し、お陰様で通巻4000号を迎えたアサヒ芸能。今こそ膨大な過去の誌面から多くの記者が汗と涙で綴った珠玉の記事を振り返りたい。今回は芸能篇。10大ニュースを厳選し、本誌のエグり出しっぷりを一挙にお届けする!
1981年4月、出演ドラマ「西部警察」(テレビ朝日系)の撮影中に体調不良で緊急入院した俳優の石原裕次郎。診断の結果は「胸部大動脈瘤」。それからおよそ1年後、本誌は『石原裕次郎 本誌単独会見「闘病一年 我が妻 我が友」』(1982年4月15日号)のタイトルで復活間際の単独インタビューに成功。モノクログラビア5ページ、活版7ページという“裕ちゃん尽くし”の号となった。
「仕事は一日三時間と医者から制限されてますから、午前中に仕事はおわっちまいますね。あとはモロモロの雑用を片づけるわけで‥‥石原プロの本社(東京・調布市)へ寄ったり‥‥」
少しずつだが、調子を取り戻しつつあった裕次郎。できる範囲で、積極的に仕事を消化していると語る。
生活の変化は仕事だけではない。毎朝、まき子夫人の手作り生ジュースを飲むようになったというのだ。
「ミキサーでやったんでは、肝心のビタミンが分解しちゃうから、おろし金でいちいちやるわけよ。カミさんにとっちゃ、たいへんな作業ですよ。どう考えても、生涯頭が上がりません」
回復しつつある体調を喜び、プロダクションの倒産が続く芸能界を憂い、翌年の本格的な活動に思いを馳せる。裕次郎の内面を深掘りした濃密なインタビューとなった。
この掲載から5年余り。1987年7月17日に、昭和の名俳優は52歳で天国に旅立つのだった。
その1年前には、時代を彩る大人気アイドルが18歳の若さでみずからの人生を終えるというショッキングな出来事が発生した。
1986年4月8日、所属していた芸能事務所が入っているビルから身を投げた歌手の岡田有希子。人気アイドルの突然の死は、多くのファンを悲しませた。
本誌も『投身自殺 岡田有希子 峰岸徹だけではない「異性交遊」「妊娠3カ月説」を追う』(1986年4月24日号)のタイトルで掲載。あまりに突然の出来事に、飛び交う噂の中には「妊娠3カ月説」なるものもあったようだ。記事には、
「自殺した当日なんか、中年タレントのSが『彼女は妊娠3カ月なんだって』といっていたからね。彼女は最近、顔だちが別人のように変わっていたし、情緒も不安定になって、突然、黙りこくることも多かったしねえ」(レコード会社ディレクター)
などというコメントが。さらには「堕胎説」などというトンデモ情報も載っている。
「昨年の夏ごろ、彼女はハワイにレコード・ジャケット撮影に出かけているんです。そのとき、一日か二日間、都内の『A病院』に行っているんです。この病院はマンション風な、病院らしくない産婦人科病院で、彼女は妊娠中絶の手術を行ったといわれているんです」(芸能プロ関係者)
この「“不謹慎”な情報」をアサ芸は所属事務所にぶつけている。当時の専務が、悲しみを押し殺した声で全否定したという。
「死亡していたときに妊娠していたとの情報が流れているんですって。そんな『流れている情報』だけでは質問はうけたまわれません。 都内の産婦人科に入った? 昨年の八月にハワイにいくときに? それはガセ(情報)です。あの子がハワイに行ったのは昨年の十月ですし、昨年の夏はずっと日本にいましたよ。しかも、あの子が病院に入院したのは昨年十一月に、過労とカゼによる高熱で三日間、東京女子医大に入院しただけです。それ以外は一度もありません」
失礼な質問に誠意をもって回答してくれたことに、いまさらながら感謝したい思いだ。
歌手としてデビューしてわずか2年でレコードの売り上げが30億円にも上ったという岡田。18歳でこの世を去った謎が明らかになることがないまま来月、没後40年を迎える。
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