秋風が心地よく吹き抜け、家飲みが一段と楽しくなる10月。仕事終わりの晩酌や週末のリラックスタイムに「いつもとはひと味違う、極上の酒の肴を楽しみたい」と思ったらどうするか。もちろん酒場へ繰り出すのも悪くないが、自宅のキッチンで手軽にプロ顔負け...
記事全文を読む→六代目山口組VS池田組「流血の抗争」全記録(2)池田組は一時「最大の標的」に
独立組織として活動を続ける池田組は絆會と同盟関係を結び、反六代目勢力としての旗を下ろすことはなかった。同時期に神戸山口組を離脱した五代目山健組がその後、六代目山口組に復帰したのと対照的だった。
中でも22年は、両者を巡る事件が最も激化した時期となった。春先から池田組への攻撃が相次いだのだ。前述した3月の車両特攻に続き、4月には宮崎市内で池田組系本部への襲撃が起きる。5月には“本丸”の岡山市内で関連施設への車両特攻(山健組系組員が逮捕)が発生する。
異変が起きたのは同年6月だった。六代目山口組が、傘下に一転して「池田組に手を出すな」と「休戦指令」を通達したことで、「両者の間で何らかの下交渉が行われているのではないか」との観測が囁かれる。一時は抗争の早期収束の見通しも飛び交ったが、それは単なる憶測だった。
同年9月、池田組本部に駐車していた池田組長の自家用車がツルハシで損壊される(山健組系組員が逮捕)など、六代目山口組からの攻撃が再開される。
「報復合戦がエスカレートすることも懸念されたが、組織の温存を第一義とする池田組は沈黙を守った」(地元関係者)
業を煮やした六代目山口組が、最終手段に踏み込んだのは同年10月26日のことだった。池田組長が“分裂の首謀者”としては初めて、本人への直接的な攻撃を受けたのだ。
岡山市内の理髪店で滞在中の池田組長に向かって、山健組系幹部がサバイバルナイフを振りかざして乱入、店内にいたボディガードらと乱闘となった。同幹部は取り押さえられ、目的を果たすことはかなわなかった。
直接襲撃はそれだけにとどまらなかった。同日夜に、池田組長の自宅マンション駐車場で自家用車が銃撃される事件も発生。この2つの事件が引き金となり、六代目山口組と池田組は同年12月に特定抗争指定を受けることになる。ジャーナリストが言う。
「攻撃が激化したのは、池田組長が四分五裂した反六代目勢力のうち、二代目宅見組・入江禎組長、絆會の織田会長と気脈を通じる一方、神戸山口組と親戚関係を結ぶなど、勢力再結集の中心人物と目され、六代目山口組が『真の敵は池田組』と見ていたからです。が、襲撃時の池田組のガードの徹底ぶりで危機管理の万全さがうかがえ、かえって『難攻不落』の様相を呈したのです」
その後、23年4月には池田組顧問(当時)を包丁で切りつける襲撃事件、24年4月にも倉敷市の池田組最高幹部(当時)の関係先に手榴弾を投げ込むなどの事件も発生したが、有効打とはならなかった。
アサ芸チョイス
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