11月に入り、朝晩の冷え込みが一段と身に染みるようになると、仕事帰りの赤提灯や大衆酒場で恋しくなるのが、湯気立ち上る燗酒だ。夏場の冷酒一辺倒から温かい日本酒へシフトする左党が増える時期だが、暖簾をくぐって開口一番「とりあえず熱燗で!」と大雑...
記事全文を読む→「キャンディーズVSピンク・レディー」50年目の熱狂ステージ(1)殺気立つバラエティーエリア
70年代アイドルは永遠だった。今から50年前「ペッパー警部」でデビューしたピンク・レディーだが、今なおテレビやライブで現役活動中。同時代に人気を二分したキャンディーズのランちゃんも単独ライブで往年のファンたちに微笑がえしを続行中だ。時を超え燦然と輝くスーパーアイドルに恋焦がれた男たちの青春がほとばしる。
今年8月25日にデビュー50周年を迎えたピンク・レディーの周辺が騒がしい。9月19日に未唯mie(68)がデビュー50周年&ソロ45周年記念コンサートを開催すれば、増田惠子(69)は、NHK夏の音楽祭「うたであえたら2026」で生田絵梨花(29)らと「渚のシンドバッド」など、メドレー3曲をキレキレのダンスで披露し、お茶の間を沸かせたのだ。
1976年、「スター誕生!」(日本テレビ系)の合格からわずか半年足らずでスピードデビューを果たしたピンク・レディー。デビュー曲「ペッパー警部」で「日本レコード大賞」新人賞を獲得するとオリコンで9曲連続1位、10曲連続ミリオンセラーの快挙を成し遂げたレジェンドアイドルデュオだ。
当時、幼稚園の送迎バスを待つ間にみんなで歌い踊っていたと話すタレントの徳光正行氏が述懐する。
「よく考えたら『ペッパー警部』は公園でイチャイチャしようとしているカップルをおまわりさんが注意する歌なんです。学校の先生、よく歌わせてくれたな(笑)」
実はこのデビュー曲には知る人ぞ知る秘話がある。
「そもそも2人はフォーク系のデュオ『白い風船』としてデビューする予定でした。が、それではヒット曲を連発していたキャンディーズに対抗できない。そこで“アク・トク(作詞家・阿久悠氏&作曲家・都倉俊一氏)”コンビが考えたのが軽快なパロディソング『ペッパー警部』だったんです」(徳光氏)
阿久悠氏の自著「愛すべき名歌たち─私的歌謡曲史」(岩波書店)によると、この楽曲は56年に大ヒットした曽根史朗が歌う「若いお巡りさん」がヒントになっているという。
「長身・スレンダーボディーの2人の魅力を生かして、リズムやビートの効いた楽曲で勝負させたい。そんなスタッフの思惑からあのセクシーな衣装や太ももをガニ股に開け閉めする過激な振り付けが誕生しているんです」(徳光氏)
さらにインパクトのあるタイトルは、アメリカの清涼飲料ドクターペッパーやビートルズのアルバム名から取った“ペッパー”と、映画「ピンク・パンサー」のクルーゾー警部を掛け合わせてつけられたという。
一方この頃、キャンディーズは75年に伊藤蘭(71)をセンターに据えた「年下の男の子」で人気に火が付くと、翌年「春一番」「夏が来た!」が連続ヒット。トップアイドルへと駆け上がっていく。08年に復活した、新生・全キャン連(全国キャンディーズ連盟)の代表を務める著述家・編集者の石黒謙吾氏が、当時を振り返る。
「デビュー当時、『8時だヨ!全員集合』を見てランちゃんのファン(赤組)になった僕は、76年春に高校に進学すると、魚屋の配達や工事現場の肉体労働、煙突掃除などのアルバイトを掛け持ちして資金を貯め、金沢から鈍行を乗り継いだりして全国へと、キャンディーズを追いかけました」
ファンたちの熱い季節が、ここから幕を開ける。
アサ芸チョイス
脳梗塞で療養中だった伊達みきお(サンドウィッチマン)が、10月31日の「サンドウィッチマンザ・ラジオショーサタデー」(ニッポン放送)で、2カ月ぶりに復帰した。「さあ、時刻はお昼の1時を回りました。こんにちは。サンドウィッチマンの伊達みきおで...
記事全文を読む→泉ピン子が訴えられた。映画製作会社「HumanPictures」が11月3日、所属監督の映画「AYUMI」と「養父」に出演したピン子に対し、損害賠償を求め2日付で東京地裁に提訴したと、公式Xで公表したのだ。問題が発生したのは、10月23日に...
記事全文を読む→毎日のように見聞きする「不正アクセスによる情報漏洩」のニュース。もはや情報漏洩していない企業のほうが珍しいんじゃないのってくらいだし、それどころか官公庁にまで被害は及んでいる。三菱UFJフィナンシャル・グループが、2027年3月までの開業を...
記事全文を読む→
