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記事全文を読む→東海林のり子“忘れられない猟奇事件”「1977年の青酸コーラ事件の裏側」
昭和から平成にかけてワイドショーで活躍した女性レポーター・東海林のり子氏。彼女が現場を歩いた猟奇事件を記した66冊の取材ノートをひもといたアサヒ芸能6月4日号記事の反響は予想以上に大きかった。そこで今回は、さらに、紹介できなかった凄惨事件の「テレビに映らない取材の裏ドラマ」を、タップリ語っていただいた!
1977年(昭和52年)1月3日に、東京・品川区で発生した青酸コーラ事件──。瓶入りコーラに毒を仕込むという悪質な手口の事件は、16歳の高校生が犠牲者となり、社会を震撼させた。
無差別殺人はその後2カ月のうちに、東京、大阪で第2、第3の事件が発生。犠牲者が出たが、実は8年後の85年(昭和60年)にも瓶入りジュースに農薬のパラコートを混入させ、電話ボックスなどに置くという手口で模倣犯が横行した。
85年4月30日から11月17日にかけて、日本各地で発生した無差別毒殺事件だった。
東海林のり子氏が言う。
「全て未解決でした。防犯カメラもなく、物証もほとんど残っていなかったため迷宮入りしました。犯人に対する怒りはもちろんですが、私が今でも忘れられないのは、(本庄市に近い)埼玉県児玉郡で女子高生(当時17歳)が毒入りの瓶入りドリンクを飲んで死亡した事件です。被害者の女子高生はすぐに本庄市内の病院に搬送され、手当てを受けましたが、1週間後に死亡しました。毒物の中身はパラコート。自宅近くの自動販売機でドリンク1本を購入したところ、取り出し口に別のドリンクの瓶もあった。2本を自宅に持ち帰り、3分の1ほど飲んだところ、気分が悪くなって嘔吐した。そして1週間後、帰らぬ人となったのです」
東海林氏は当時、「3時のあなた」(フジテレビ系)でレポーターとして活躍していたが、家族と連絡を取り、さっそく現場に飛んだ。
「娘を失った悔しい気持ちを聞かせてくださいと取材を申し込んだところ、亡くなった被害者のお兄さんがインタビューに応じるというので、ずっと田んぼのかたわらで待っていました。
お通夜の晩でした。しばらくすると、お兄さんが走ってきて、家の中へ招き入れてくれた。花を持参する余裕がなかったので急きょ用意したお花代を供え、焼香を済ませた。ご本人の部屋でインタビューに応じるというので、2階へ上がり、ディレクター、カメラマンがインタビューの準備をし、お兄さんにマイクを向けた、そのとたんです。突然、部屋の電気が切れてしまったんです。一瞬、私は何が起こったのか、理解できなかったが、ふと周囲を見ると、周りを数人が取り囲んでいるじゃないですか。被害者の親族でした。その一人が『何しているんだ、お前たち!』とすごい剣幕でどなりつけるんですよ。どなった男性は『このアマ!』って私に向かって叫んでいた。ディレクターもカメラマンもアッケにとられて、ただおろおろするばかりでした」
東海林氏は夢中で反論した。
「彼女、何も悪いことをしていない。犯人が憎くないんですか」
すると、親戚の一人が、
「こんな死に方をして、恥ずかしい。落ちていたものを口にして死んだ。世間体が悪い」
と言ったのだ。
親戚は自販機の取り出し口に入っていたドリンクを持ち帰って飲んでしまった少女の行為を、恥じているのだった。
「お父さんやお兄さんは、家族を失った悔しい思いを語り、警察を突き動かして犯人逮捕につなげたかった。でも、親戚の勢いに飲まれてしまったんです。事件の中心は親戚ではなく、家族でしょ。世間体って何だと、その時つくづく考えさせられました。誤って農薬入りのドリンクを飲んでしまった女子高生に何ら罪はない。だから、言ったんです。『これ以上、ここにいると、お父さんとお兄さんに迷惑をかけてしまうので引き揚げます。でも、(親戚に邪魔されて言いたいことも言えない)こんなことがあっていいわけがありません』と」
日本中に深刻な被害をもたらしたにもかかわらず、この時期は、日本航空機墜落事故、グリコ・森永事件などの世間を震撼させた事件や事故が相次いで起こっていたため、一連の事件はそれほど注目されなかった。そして、事件は未解決のまま終わってしまったのだ。
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