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記事全文を読む→「春の選抜」春夏通じて初の完全試合を達成したのは群馬県の投手
バラエティ番組でも比較されることの多い茨城県、栃木県、群馬県の北関東3県。しばしば名所やグルメについて出身有名人がつばぜり合いをしているが、これが高校野球となると群馬県はこの両県にやや遅れを取っている。茨城県と栃木県ともに夏の優勝2回、春1回。準優勝も夏1回、春2回なのに対して、群馬県は夏の優勝こそ3回あるものの、春の選抜に関してはまだ1回も優勝経験がないからだ。最高成績は古豪・桐生の準優勝が2回のみなのである。
だが、そんな群馬県がこの両県、そしてほかの都道府県にも誇れる記録がある。それは“春夏の甲子園を通じて史上初の完全試合を達成した投手”を輩出したということだ。しかも、この完全試合、夏の選手権ではいまだに達成者がゼロなだけに、非常に貴重な記録なのだ。
その偉業が甲子園史上初めて成し遂げられたのは78年の第50回大会。1回戦で比叡山(滋賀)と対戦した前橋はエース・松本稔が躍動感のあるフォームから小気味のいい速球と変化球を高低に投げ分ける。コントロールも抜群で相手打線を翻弄。打者27人に対し、初球ボールはたった3回だけ。カウントが3ボール2ストライクになったのも1度きりと見事な制球力を披露したのだった。結果、奪三振5、内野ゴロ17、内野フライ2、外野フライ3のわずか78球。最後は初球、相手打者が外角へのシュートを引っ掛けたゴロを松本本人ががっちりと捕って1塁へ送球。1対0で勝利し歴史的快挙を達成した。
春の選抜では1019試合目、春夏の大会を通じてでは、実に2430試合目で成し遂げられた偉大な快挙であったが、松本は身長168センチ、体重63キロと小柄で、決して大会前に注目された投手ではなかった。さらにチームも文武両道の進学校で、決して野球強豪校ではなかった点も見逃せない。その群馬県からは今年、前橋育英と健大高崎の甲子園常連校2校が出場している。前橋がなし得なかった群馬県勢初の春の選抜制覇という偉業達成に期待がかかる。
なお、この後、春の選抜では94年の第66回大会で金沢(石川)のエース・中野真博司が初戦の江の川(現・石見智翠館=島根)戦で完全試合を達成していることを追記しておきたい。
(高校野球評論家・上杉純也)
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