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中日
田島 谷繁の「俺が受けてやるよ」が運命を変えた
大野 MLBチェンが「後継者」に秘伝のノートを
鉄壁の投手陣でCS出場を決めた中日。今年も強力なニューフェイスが名乗りを上げた。150キロ近いストレートで「浅尾二世」と呼ばれる田島慎二(22)と、2年目の本格左腕、大野雄大(23)である。
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田島が浅尾二世と呼ばれるのは、中継ぎで球が速いからだけではない。浅尾同様、高校時代にキャッチャーからピッチャーへ転向。その高校も決して強豪野球部でなかった点もまったく同じだ。
「彼が明確にプロを目指し始めたのは、東海学園大に入ってから。しかし、4年生の春に肩を痛めてしまい、ドラフトで指名されるか否か、微妙な状況となった。監督が『社会人という選択肢もあるぞ』と諭したのですが、『育成枠でもいいからプロに行きたいです』と言い切ったそうです」(スポーツ紙デスク)
蓋を開ければ地元・中日がドラフト3位指名。
「肩を痛めていた自分を指名してくれた感謝で、田島はドラフト後に号泣したそうです」(前出・デスク)
目標としていたプロ野球選手となった田島だが、キャンプインして間もなく、プロでの運命を変える出会いを体験する。
春季キャンプは二軍スタート。キャンプ中盤にさしかかった頃、捕手の谷繁元信(41)が二軍のグラウンドに顔を出した。そして、谷繁は田島に向かって「お前のボール、受けてやるよ」と声をかけたのだ。しかし、球界を代表する大捕手から声をかけられ、田島は極度の緊張状態に陥ってしまった。
「緊張のため、田島のボールはまったく走りませんでした。谷繁はすぐさま、緊張で力を出し切れていないなと感じたそうです。ボールを受けたあと、鈴木孝政二軍監督にこう話したそうです。『俺が受けるというだけで緊張してしまうようでは、通用しませんね』。プロの世界の厳しさをあえて叩き込むようなひと言でした」(前出・デスク)
鈴木監督からその言葉を伝え聞いた田島は、「プロは結果を残さなければ生き残れない世界」であることを大先輩の叱咤激励で胸に刻み込んだのだ。
この日を境に田島の投球は変わった。開き直って投球することで、長所であるストレートでグイグイ押せるようになったのだ。
思い切りのいい投球が評価され、1年目から一軍に定着。故障で抜けた浅尾拓也(27)の存在をカバーするほどの大活躍で、谷繁からも全幅の信頼を寄せられている。中継ぎでの新人王も狙える存在となったのだ。
2年目でローテーション投手へと近づいた大野雄大は、オリオールズに移籍して大活躍のチェン・ウェイン(27)に師事している。チェンも「大野は俺の後継者」と断言しているという。その言葉どおり、チェンは大野に「全てを伝授する」とばかりに、キャンプ中から身ぶり手ぶりでアドバイス。それだけでなく、相手打者の特徴やデータが書かれた「チェンノート」を大野に渡しているのだ。
「そのノートは全てチェンの母国語で書かれているのですが、大野に手渡す際、わざわざ日本語に訳しているそうです。大野は宝物とも言えるノートを生かしながら、一軍で奮闘しています」(中日担当記者)
ドラゴンズ不動の左エースは、台湾の星から京都出身の若者へと受け継がれた。
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