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ダチョウ倶楽部
芸能
「実は異常なくらいモテモテだった」という意外なお笑い芸人の告白
「オレ、ものすごいモテてた。異常なくらいだったんだよ。あの時、遊びすぎだったよね」さて、これはいったい誰が発したセリフでしょう。ヒントは「スーパージョッキー」に出ていた芸人。近年は肉グルメで知られる、といえば…。そう、ダチョウ倶楽部の寺門ジ…
芸能
横浜DeNAの4連勝を演出したダチョウ倶楽部の「激怒⇒キス」鉄板芸
4月9日、横浜スタジアムで行われたプロ野球DeNA対中日戦で、ダチョウ倶楽部の肥後克広と寺門ジモンがセレモニアルピッチのゲストとして登場。横浜スタジアムが笑いと涙に包まれた。ダチョウ倶楽部のセレモニアルピッチは、2年ぶり7回目。昨年5月11…
芸能
ダチョウ倶楽部「2人になっても、現状維持は変わらない」
テリー今の上島さんの話って圧倒的におもしろいよね。こういう話って、もうテレビとかでもしてるの。寺門いや、まだですね。肥後これからいろんな番組でするかもしれないですけど、なかなかそこまでは。ハートフルな部分で上島の話をすることはありますけど、…
芸能
ダチョウ倶楽部 竜ちゃんが来世でなりたかった職業とは?
テリー俺も付き合いは長いけど、改めて上島さんってどんな人だったの。肥後いや、ほんとにセコい男なんですよ。ほんとにケチだったんです。テリーケチだったの?寺門人に奢ることなんかないんですから。肥後僕らは何ももらったことがない。寺門うん、ないない…
芸能
ダチョウ倶楽部「何でもOKなのに最後にしくじった」
●ゲスト:ダチョウ倶楽部(だちょうくらぶ) ■肥後克広(ひご・かつひろ)1963年、沖縄県生まれ。■寺門ジモン(てらかど・じもん)1962年、兵庫県生まれ。「テアトル・エコー」に所属していた寺門と上島竜兵が、同劇団の先輩・渡辺正行の紹介で、…
芸能
肥後克広と寺門ジモンが明かす上島竜兵亡き後の「ダチョウ倶楽部」新体制
「今だったら1人で出れば(出演すれば)いいじゃん。なぁ、お前、頑張って…」ダチョウ倶楽部の肥後克広に向かってこう言い放ったのは、同じくメンバーの寺門ジモンである。9月18日、トークバラエティー番組〈太田上田〉(中京テレビ)のYouTubeチ…
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「純烈」と「ダチョウ倶楽部」合体が生み出す「新しい商売」の皮算用
ダチョウ倶楽部の寺門ジモンと肥後克広が4人組コーラスグループ「純烈」に新メンバーとして加わることがわかった。6月17日放送のラジオ番組「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」(ニッポン放送)に寺門、肥後の2人が生出演。ダチョウ倶楽部は5月にメンバー…
芸能
上島竜兵「死後も出演するドラマ」で見せた「ジャンプ芸」の十八番シーン
ダチョウ倶楽部・上島竜兵の突然の訃報から、約1カ月が経つ。世間に与えた衝撃は計り知れないが、現在放送中のドラマで生前の姿を偲ぶことができるのだ。ドラマライターが解説する。「土屋太鳳主演の『やんごとなき一族』(フジテレビ系)では、佐都(土屋)…
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初代ダチョウ倶楽部リーダー・南部虎弾と上島竜兵が袂を分かった「本当の理由」
5月に亡くなったダチョウ倶楽部の上島竜兵。ダチョウ倶楽部は元々、電撃ネットワークの南部虎弾が初代リーダーの4人のグループだった。南部は結成2年後に脱退し、電撃ネットワークを結成したが、袂を分かったのはなぜか。それは南部と2代目リーダーの肥後…
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上島竜兵が住むはずだった老後の「芸人アパート」構想の全貌/坂下ブーランの「地獄耳」芸能
ダチョウ倶楽部・上島竜兵が亡くなった。自死とみられ、61歳だった。多くの先輩たちにかわいがられただけでなく、後輩芸人にもれなく慕われた人生。彼は笑いについて生前、こう口にしていたものだ。「笑いの才能のある人に憧れるんだよな。後輩でも『こいつ…
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ダチョウ倶楽部「3人揃ったオモシロ動画」で「果たされなかった幻の約束」が…
5月11日に急逝した、ダチョウ倶楽部・上島竜兵さんといえば、「熱々おでん芸」が印象深い。そんな日頃の鬱憤とばかりに、メンバーの肥後克広、寺門ジモンに「熱々芸」をやり返すオモシロ動画を披露したのは、寺門のYouTubeチャンネル〈寺門ジモンの…
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「ダチョウ倶楽部」元リーダーが激白回顧!上島竜兵が志村けんに語った「飲食店での言葉」
「お前の竜が空に飛んで行きますように、献杯…」去る5月11日未明の急逝が報じられた「ダチョウ倶楽部」の上島竜兵をそう偲んだのは、パフォーマンス集団「電撃ネットワーク」のメンバーであり、「ダチョウ倶楽部」の元リーダー・南部虎弾。YouTube…
芸能
上島竜兵が有吉弘行に託していた「遺言」の中身「俺の葬式の時には熱湯を…」/坂下ブーランの「地獄耳」芸能
有吉弘行が生前の上島竜兵に深く感謝していたのは、仕事がない時代、毎晩のように飲みに誘われ、「お前は面白いぞ。大丈夫だぞ」と言って励ましてくれたからということになっているが、上島を愛してやまないのには、もっと深いところに理由があった。ヒマな有…