松方は78年に離婚した元モデルの女性との間に1男2女を、そして再婚相手となった仁科亜希子との間に1男1女をもうけた。松方にとっては三女となるタレントの仁科仁美は、84年10月31日の生まれである。千葉が、その事実に驚いたのは無理もない。「私...
記事全文を読む→追悼
高田は、松方弘樹という役者を、高倉健や菅原文太と比べて分析した。「僕が書いた『強盗放火殺人囚』(75年、東映)でも、ああいう二枚目なのにコミカルな芝居をやるのがうまいんだ。運動神経がいいのもあったけど、健さんや文ちゃんにはない器用さが抜きん...
記事全文を読む→男の色香にあふれ、そして、豪放な伝説を数多く残して冥土へと旅立った。その背中は「昭和最後の俳優」と呼んでも過言ではなく、奔馬のように74年の生涯を烈しく駆け抜けた男──松方弘樹。週刊アサヒ芸能にもゆかりの深い役者であったが、まだ知られざる逸...
記事全文を読む→あの“大阪名物”は二度と見られない──お笑いの街が、そんな寂しさと深い悲しみに包まれた。吉本新喜劇の名優、島木譲二(享年72)が12月16日に脳溢血で亡くなった。数々のギャグを生み出した「パチパチ人生」を振り返るとともに豪快秘話を追悼公開す...
記事全文を読む→事実上俳優業を引退していた根津甚八が昨年12月29日、肺炎のため永眠した。69歳だった。根津は01年に眼球を上手に動かすことができず、視力も低下し、さらに呂律も回らなくなる右眼下直筋肥大という難病を発症。それでもその年のNHK連続テレビ小説...
記事全文を読む→11月19日から東京ステーションギャラリーで故・高倉健さんの追悼特別展「高倉健」が開催される。この展覧会では出演映画205本の見せ場が流され、貴重な遺品も展示されるというのだが、会場が東京駅というのもファンの間で話題になっている。「駅STA...
記事全文を読む→中野良子は「野性の証明」においても、高倉との“秘めた愛情”を演じている。役柄は姉(二役)を殺戮事件で失い、さらに地方都市の不正を暴くために奔走する新聞記者の役。「健さんが演じた味沢という男に惹かれてはいるけど、今は2人で過ごす幸せよりも、不...
記事全文を読む→〈男はタフでなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない〉レイモンド・チャンドラーの小説に出てくるセリフを引用し、膨大な量のCMスポットに使い、その映画は20億円以上もの配給収入を上げた。主演は高倉健、その養女役で薬師丸ひろ子...
記事全文を読む→高倉健を追うように、菅原文太もその生涯を終えた。ほぼ同世代で俳優としてのキャリアも等しく、東映の看板を支えた2人。もし違いがあるとすれば、それは〈男と女〉の演じ方だろう。私生活をどこまで反映したかはわからないが、健さんは女優に対し、なんぴと...
記事全文を読む→曽根の目にも、八名の目にも、高倉は東映の仲間たちには胸襟を開いているように見えた。例えば東映の看板女優でもあった美空ひばりの誕生会となると、高倉は八名たち若手にハッパをかける。「わしが盛り上げないとじゃあ。さあ、裸になって踊るぞ!」決して器...
記事全文を読む→曽根は自身を、高倉の「直系の後輩」と呼ぶ。京都に比べれば「添え物(併映扱い)」と呼ばれる映画が多かった東京の撮影所で、高倉は希望の星だった。そして曽根は、2度も高倉に顔を立ててもらったと感謝する。「東映祭りと称した旅があって、健さんや鶴田浩...
記事全文を読む→昭和を代表する大スターの逝去──いや、それだけではない。今を生きる男たちにとって、高倉健という〈真摯な背中〉が見えなくなることは途方もない喪失感である。これみよがしではなく男として、俳優としての美学を教え続けたただ1人の存在。俺たちには「昔...
記事全文を読む→「球界のキムタク」こと木村拓也選手が、巨人軍のコーチに就任したばかりの春に突然死してから、早くも4年目のお盆を迎える。広島時代に木村選手をスイッチヒッターとして花開かせた恩師で、現在、野球評論家の山本一義氏(75)に話を聞いた。*10年4月...
記事全文を読む→モデルから「11PM」の“秘湯の旅”コーナーの「うさぎちゃん」に抜擢され、一躍人気者になり「アイドルからAV転身」の先駆けとなった冴島奈緒。若い命を奪ったのは、全身に転移したガンだった。約14年、音楽活動を共にしたギタリストの冨士忠洋氏(4...
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