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記事全文を読む→追悼・輪島 黄金の左で投げ飛ばした波乱万丈70年(4)晩年は相撲に回帰していた
とかく波乱万丈の人生を送った輪島だったが、後半生では、充実していたようだ。その転機となったのが、51歳での再婚。日本テレビ系の「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」に出演した際に知り合った留美さんとの間に一男一女をもうけ、目の中に入れても痛くないほどかわいがっていた。ベテラン相撲記者が言う。
「長男は天理高校で野球をやっていた。身長187センチ、体重87キロと恵まれた体格で、最速140キロ前後の直球が武器。その息子が今年の冬、体重は7キロ増えて球速も増したのに、投球の調子が上がらない、どうすればいいのかと、電話で父に弱音を吐いた。輪島は『高校野球は、しんどいもんやから。そういう時は誰にでもある』と手紙で励ました。結果、今春の県大会で初めてベンチ入りを果たしたそうです。一方、愛娘の写真をいつも持ち歩いて、相撲記者に見せびらかせていた」
輪島は13年に、下咽頭ガンを患い、声帯を失った。ところが、相撲に対する旺盛な意欲は少しも失われることはなかった。
14年には、二所一門の連合稽古にも姿を見せ、声を失いながら、筆談の取材を受ける姿が見られた。そういうひたむきな姿に打たれ、盟友だった当時の北の湖理事長は相撲界への復帰に向け、尽力をしている。
「相撲界には、老いるとカネと女のことばかりになってしまう親方衆が少なくない。しかし、輪島は違っていた。若い頃、好き放題遊んだから、年を取ってからは相撲を極めたいという意欲が強くなったんです。その執念が、咽頭ガンにかかり、声を失いながら、懸命に相撲を追求しようという姿勢につながった。実際、白鵬ともゴルフや食事をともにし、輪島は白鵬の相撲について、鋭い考察をしています」(ベテラン相撲記者)
やく氏も言う。
「優勝20回を超える力士というと、白鵬、大鵬、千代の富士、北の湖、貴乃花らがいるわけですが、全盛時の輪島には互角以上に闘える力があった。輪島は優勝14回ですが、もっと評価されていいのではないでしょうか」
男なら思う存分、人生を生き抜いてみたい──。そんな生きざまを体現した70年だった。合掌。
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