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記事全文を読む→天才テリー伊藤対談「川中美幸」(2)子供の頃から天才歌手だったんだ!
テリー 川中さんはたぶん覚えてないと思うんですけれど、僕、日本テレビの「スター(秘)訪問!!」という番組でディレクターをしていた時に、お仕事をご一緒したことがあって。川中さんがゲストの回に、晴海埠頭を歩いてもらって「越前岬」のイメージカットを撮ったことがあるんですよ。
川中 あ、そうだったんですか。ごめんなさい、それはすっかり忘れちゃっていますね。
テリー 「越前岬」はその時から大好きで、今でも風呂場でよく歌っているんですよ。
川中 私は「川中さんが好きです」と言われるより、「あの曲が好きです」って曲名を言われるほうがうれしいんですよ。以前、ラジオ番組でご一緒した時、テリーさんが「『越前岬』が大好きなんだ」とおっしゃってくださって、それが強く印象に残っています。
テリー 川中さんの声がまた、哀愁があっていいんだよなァ。そもそも、歌手になりたいと思ったのはいつだったんですか?
川中 小学3年生の時ですね。母が美空ひばりさん、父が三波春夫先生の大ファンで、絶えず蓄音機から歌が流れているような家庭環境でしたから。
テリー やっぱり、そうなっちゃいますか。じゃあ、ちびっ子のど自慢みたいなものにも、当時出ていたんですか?
川中 はい、まさに小学校3年生の時です。今で言う健康ランドみたいなところに家族で遊びに行ったんですよ。そこで、のど自慢大会をやっていて、「飛び入りの方、いませんか」と呼びかけていたのを聞いた父に「行け、行け」と言われまして。それまで人前で歌ったことなんてなかったんですけど、都はるみさんの「馬鹿っちょ出船」をアコーディオンの伴奏で歌ったら、優勝したんです。
テリー さすがですね。アコーディオンに合わせて歌うのってけっこう難しいですから。もともと歌はうまかったんですか?
川中 家族や親戚の前ではホウキをスタンドマイク代わりにしてよく歌っていまして(笑)、そこでは「うまい」とホメてもらっていましたけどね。で、その時の優勝賞品が勉強机だったんですよ。
テリー わー、すごいじゃないですか。当時、けっこうなお値段したでしょう。
川中 当時、兄しか勉強机を持っていなくて、それも両親がすごく苦労して買ったものだったんです。それがたった3分で手に入ったものですから両親が味をしめまして、のど自慢大会があると聞いたら、もう片っ端から「出ろ」と(笑)。
テリー アハハハハ、のど自慢の景品で生活を豊かにしていこう、と。
川中 当時の関西の放送局は、各局でのど自慢の番組があったんです。で、応募して会場に行くと、ほとんど優勝候補扱いなんです。そのせいで「のど自慢荒らし」って言われたりして。別にこちらは、荒らしてるつもりはないんですが‥‥(苦笑)。
テリー まさに「天才ちびっ子歌手」だったんだ。
川中 中学2年の頃、作詞家のもず唱平先生が「キミは大阪でくすぶっている子じゃない。東京に出て全国区になれ」とスカウトしてくださって、歌手デビューしたのが17歳の時です。
テリー その時はまだ「川中美幸」じゃなかったんですよね?
川中 はい、最初は「春日はるみ」という名前です。でも一度挫折して、21歳の時に「川中美幸」で再デビューするんです。
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