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記事全文を読む→天才テリー伊藤対談「田中大貴」(1)3%しか伝えられなくて悩みました
●ゲスト:田中大貴(たなか・だいき) 1980年、兵庫県生まれ。高校時代から野球部で活躍。卒業後は慶應義塾大学環境情報学部へ進学し、先輩である高橋由伸氏に憧れ、慶大野球部に入部。4年生の春のリーグ戦ではホームラン王に輝く。2003年、フジテレビ入社。主に報道・情報番組やスポーツ番組で活躍。「とくダネ!」「すぽると!」「CSプロ野球ニュース」「ユアタイム」「スポーツLIFE HERO’S」などを担当した。今年4月30日付けでフジテレビを退社し、オスカープロモーションに所属。5月よりフリーアナウンサーとして活動中。
今年4月をもってフジテレビを退社、フリーへの道を歩み始めたアナウンサー・田中大貴。フジきっての人気イケメンアナがなぜこの決断を下したのか、そして今後の展望とは? 先輩である巨人・高橋由伸監督との交流も含めて、天才テリーがその素顔にとことん迫った!
テリー いつからフリーになったんですか?
田中 5月からです。フジテレビ史上初の、30代で退社した男性アナウンサーになりました(笑)。
テリー 確かに、男性アナだと珍しいよね。理由は何だったの?
田中 きっかけは、担当していた「すぽると!」が2年前に終わったことです。ずっとスポーツキャスターをやらせていただいていましたが、「取材したこと、選手の思いを番組内でどれだけ伝えられたのかな」と考えた時、3%くらいの手応えしかなかったんですね。やっぱりテレビでは、映像をお見せすることが優先ですから。
テリー あまりしゃべる時間はないよね。
田中 はい。自分の言葉で伝えたかった残りの97%を胸にしまい込んでいくことに葛藤がありました。会社の外に出れば、テレビだけではなく、雑誌やインターネット媒体など、いろいろな場所でお話しできる機会も増えるのかな、と。
テリー それはフジにいたままではできなかったの? 例えばブログを書くとか、系列のサンケイスポーツにコラム連載をするとか。
田中 それは難しかったです。産経新聞でコラムを持たせてもらったこともあるんですが、会社の基本的な考え方は「フジテレビのアナウンサーである以上、テレビの中で全てを出してください」。その他の媒体でとなると、なかなかOKは出なかったです。
テリー うーん、そうか。取材は会社の名前と経費でしているわけだし、「そこで得た情報は会社に還元してくれ」という考えもわからなくはないね。
田中 そうですね。あとは数年前から「主任」という役職に就きまして、後進を育てる仕事が増えてきたんです。プレイヤーとコーチ兼任といいますか‥‥。
テリー ああ、管理職になると、だんだん現場は遠ざかっていくよね。
田中 そこにも葛藤がありました、「もっとプレイヤーに専念できないか」と。もしかしたら、社内でやれることだけやって定年を迎えるほうが、よかったのかもしれません(笑)。
テリー まァ、それはわからないけど、俺はいいと思うよ。まだ若いから、それだけ冒険もできるし、吸収するものも多いから。
田中 38歳の頃のテリーさんは、どんな状況だったんですか?
テリー ちょうど「天才たけしの元気が出るテレビ」をやっていた頃だね。視聴率もよくて、ブイブイ言わせていた時だ(笑)。
田中 アハハハ、まだ制作会社にいらした頃?
テリー もちろん。そのあと会社を辞めて、自分の会社を作って。まだ体力もあったし、好き放題やって、仕事的にもいちばんおもしろかった時期ですよ。
田中 そうなんですね、僕もテリーさんみたいになれるように頑張ります。
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