11月に入り、朝晩の冷え込みが一段と身に染みるようになると、仕事帰りの赤提灯や大衆酒場で恋しくなるのが、湯気立ち上る燗酒だ。夏場の冷酒一辺倒から温かい日本酒へシフトする左党が増える時期だが、暖簾をくぐって開口一番「とりあえず熱燗で!」と大雑...
記事全文を読む→陣内智則、辞めるつもりだった…“映像ツッコミ芸”に至った「崖っぷち苦悩」
お笑い芸人の陣内智則が、1月7日放送の「やすとものいたって真剣です」(朝日放送)に出演。ピン芸人となり、映像にツッコミを入れるスタイルのネタを始めた理由を語った。
高校の同級生と組んだお笑いコンビ「リミテッド」で、心斎橋2丁目劇場を中心に活動するも1995年に解散。その後、ピン芸人として再スタートした陣内。
コンビ時代について「まあ、受けへんかったよね」と振り返り、「まずそもそもお笑いに向いてない。恥ずかしかったし。リミテッドの映像を見てもちゃんとやっていない。早口やねん、早く終わりたいから。そりゃ受けへんわな」と話した。
また同期には、中川家、ケンドーコバヤシら実力派が多く、「周りが凄すぎて、こっちには武器がないと思ってた。戦ってる姿をお手上げにしたかった。戦いませんよって。戦ってるのが恥ずかしかった」とほかの芸人への劣等感があったことを明かした。
しかし、「ピンにもなりたくなかった。恥ずかしがり屋で1人でなんて出られるわけがない」と考え、解散時にはお笑いを辞めるつもりだったという。
結局、陣内はピン芸人になったものの、2年くらいは仕事をしていなかった。しかし中川家やケンコバ、千原ジュニアらがテレビで陣内の天然エピソードを披露してくれたことで 「名前だけ独り歩きした」といい、「何も仕事してなかったけど、ファンレターがめっち ゃ増えて。なんか呼ばれるの。ラジオとか」と回想。
そんな状況の中、2丁目劇場の支配人が変わり、「コントしかしてはいけない」という方針が決定。陣内は「コントをするか辞めるかや」と言われ、初めて1人でネタづくりをし、「朝まで寝ずに考えて、恥ずかしがりやで顔を見せたくないから、声を変えて、すりガラス越しに女の子が悩み相談をするネタを考えた」という。
このネタでウケることの快感を初めて知った陣内は、逆にスベるのがイヤにもなり、「スベったとしても俺じゃないやつをスベらそうと思った。それが音声とか映像のネタやねん」 と振り返った。
仲間の協力と、恥ずかしがりやであることが、予め用意された音声や映像にツッコミを入れるという新スタイルのネタを開拓させたようだ。(鈴木十朗)
アサ芸チョイス
脳梗塞で療養中だった伊達みきお(サンドウィッチマン)が、10月31日の「サンドウィッチマンザ・ラジオショーサタデー」(ニッポン放送)で、2カ月ぶりに復帰した。「さあ、時刻はお昼の1時を回りました。こんにちは。サンドウィッチマンの伊達みきおで...
記事全文を読む→泉ピン子が訴えられた。映画製作会社「HumanPictures」が11月3日、所属監督の映画「AYUMI」と「養父」に出演したピン子に対し、損害賠償を求め2日付で東京地裁に提訴したと、公式Xで公表したのだ。問題が発生したのは、10月23日に...
記事全文を読む→毎日のように見聞きする「不正アクセスによる情報漏洩」のニュース。もはや情報漏洩していない企業のほうが珍しいんじゃないのってくらいだし、それどころか官公庁にまで被害は及んでいる。三菱UFJフィナンシャル・グループが、2027年3月までの開業を...
記事全文を読む→

