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記事全文を読む→日本レコード大賞 炎の四番勝負!<第2回>「1978年~沢田研二VSピンクレディー~」(3)
「最優秀歌唱賞は‥‥沢田研二!」
午後8時35分、その瞬間の沢田の表情を、筆者は奇異な感じにとらえていた。大賞に準じる栄誉でありながら、明らかに困惑した照れ笑いを浮かべている。
「去年大きいヤツをもらって、やっぱり軽い感じがします。残念ですが、喜びたいと思います‥‥」
受賞者が斜に構えたコメントを出すのも前例がない。それでも沢田は対象曲の「LOVE(抱きしめたい)」を、いつものようにドラマチックに歌いあげた。
沢田は「2年目のジンクス」を阻止するため、78年の年明けから精力的だったと森本は言う。
「1年間、1日も休まずに仕事しようと。歌番組だけじゃなく、バラエティも積極的に出る。例えば『8時だヨ!全員集合』でも僕がいかりや長介さんと何度も打ち合わせて、沢田にどんなコントをやらせようか練っていきました」
レコード売上げも前年とそん色なく、新曲をテレビで発表するたびに見せ方が大きな話題となる。9月に発売した「LOVE(抱きしめたい)」は、各テレビ局に「画面をセピア色にしてほしい」と依頼した。
レコ大の下馬評でも「V2は確実」との声が多数を占めていた。これを予選投票の段階では沢田、山口百恵、西城秀樹に次いで4番手だったピンク・レディーが、強烈な“末脚”を見せたことになる。
そして8時45分、司会の高橋圭三はピンクが歌った「UFO」を最後に読み上げる。アイドルデュオの大賞はもちろん、史上初のことであった。ただ、社長の貫泰夫は冷静な2人を間近に見ている。
「歌謡大賞とレコ大の2つを獲ると鼻息が荒かったのは俺たちスタッフで、本人たちはあまりの忙しさに考えるヒマもなかったと思うよ。受賞の当事者でありながら、蚊帳の外だったと思うね」
ヒルトンホテルの宴会場を2つつなげての盛大な祝勝会では、日テレのピンク特番と、NHKの紅白が並べてオンエアされている。ピンクが辞退した紅白では、百恵と沢田が「初のポップス勢によるトリ対決」で火花を散らし、大トリを締めくくったのは沢田の「LOVE(抱きしめたい)」だった‥‥。
翌79年のピンクは、3大球場(西宮・西武・名古屋)のコンサートを実現させるものの、人気降下は明らかだった。そして81年3月31日、空席が目立つ後楽園球場を最後に解散。貫が育ての親である阿久悠に挨拶に行くと「1年‥‥遅かったね」と言われた。
「いや、1年半は遅かったと俺は思った。レコ大を獲って、次の年の3大球場をフィナーレにしても良かったかもしれない」
そして77年の「勝手にしやがれ」の大賞シーンは、沢田の意向により長らく封印されていた。森本は、そこに沢田が「瞬間」に賭けてきた思いを読み取る。
「テレビで歌うことに対して、指差す角度のカメラワークから床に畳を敷くか敷かないまで、沢田ほど本気で口を出した男はいない」
それが歌番組の演出を飛躍的に向上させたはずであると──。
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