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記事全文を読む→藤田元司監督、あの「いぶし銀」元大洋OBが明かした巨人移籍「口説き文句」!
日本プロ野球界で、1981年の日本シリーズ「巨人対日本ハムファイターズ」は、史上初めて全試合が同一球場で開催された稀なシーズンであった。日ハムが北海道に本拠地を移したのは2004年で、81年当時は両球団ともに後楽園球場を本拠地にしていたのである。結果は、故・藤田元司監督率いる巨人が4勝2敗とし、藤田監督は80年のシーズン終了時に退いた長嶋茂雄監督の後を受け、監督着任早々の日本一に輝いた。
思えば80年は、長嶋監督の退任だけではなく、王貞治氏が引退した年でもあった。それでも江川卓氏、西本聖氏といった両エースの活躍と中畑清氏、原辰徳氏といった若手の台頭により、つかみ取った日本一だったわけだが、いぶし銀の存在感を発揮する人物の存在を忘れてはいけないだろう。主に大洋で活躍、プロ通算2095安打で名球会入りも果たした松原誠氏である。
松原氏は81年に巨人移籍。大洋では主に一塁を守備し、名手としてもその名を馳せた松原氏に、「巨人の一塁手、2人(故・川上哲治さん、王氏)で約50年。後を任せられるのはお前しかいない」というのが、藤田監督の口説き文句だったという。日本プロ野球名球会が運営する公式のYouTubeチャンネル〈日本プロ野球名球会チャンネル〉の7月18日投稿回で松原氏が明かしていた。
現役最終年にあたる81年はベンチに座る機会が多かった松原氏だが、日本シリーズ第1戦では、日ハムのリリーフエース・江夏豊氏から同点ソロ本塁打も放ち有終の美を飾った。
宿敵を巨人として、大洋に19年間籍を置いた松原氏にとって巨人入りは複雑な心境もあったことだろうが、日本一の瞬間には同投稿回で「藤田さん良かったなと思った」と、正直な感想を漏らしている。
「O・N」時代からの転換期についての貴重な証言と言えよう。
(ユーチューブライター・所ひで)
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