8月に入り、各地で酷暑が続く中、いっそうの熱中症対策が叫ばれている。デスクワーク中や外出時、喉を潤すために清涼飲料水やスポーツドリンクをガブ飲みするサラリーマンの姿も目立つ。しかし、喉の渇きを解消するつもりの水分補給が、かえって体に深刻な不...
記事全文を読む→「新徴組」唯一の「宝塚系」女美剣士・中沢琴「生涯独身」の舞台裏
幕末、薩長ら勤王の志士を相手に、大立ち回りを演じ続けた男装の女美剣士がいた。名前は中沢琴。当時の女性としては身長170センチ以上と大柄で、宝塚の男役トップスターのごとく、整った容姿だった。男集団の中で目立つのを避けるために男装していたが、逆に周囲の女性たちからは「美剣士」として騒がれ、困惑していたという。
当時の上野国利根郡利根村(現在の群馬県)に生まれた琴は、幼少の頃から父親が開いていた、天狗剣法とも呼ばれた法神流の剣術道場で学び、薙刀(なぎなた)の腕は、師である父をしのいでいたと伝えられている。
佐幕思想があったのか、琴は兄・貞雄と共に、希代の策士・清河八郎が募った「浪士隊」に、女性として唯一参加。後の新選組局長・近藤勇、副長・土方歳三らと京都に上った。
その後、「浪士隊」は分裂し、京都に残った者は会津藩預かりの「新選組」を結成。江戸に戻った者は、深川の冬木弁天堂で庄内藩預かりの「新徴組」として、勤王の志士たちとバトルを繰り広げていく。
琴はその「新徴組」にもやはり、唯一の女性隊員として参加。慶応3年12月25日(現在でいう1868年1月19日)には、江戸・三田にある薩摩藩の江戸藩邸を放火によって焼失させた「江戸薩摩藩邸の焼討事件」のメンバーにも名を連ねた。
この事件は戊辰戦争を引き起こすきっかけとなっただけに、琴は歴史を動かした一人になったと言っていいだろう。
その後は庄内(今の山形)藩士らとともに、新政府軍相手の庄内戦争にも加わった。庄内戦争では、官軍十数人を相手に切り抜けたというエピソードも残っている。
彼女は最終的に明治7年(1874年)、故郷の利根郡に戻った。当時、30歳を越えていたが、その美貌は衰えておらず、求婚者が殺到したという。だが、自分より強い者と結婚すると決めていたため、結局はそんな強者は現れず、生涯独身を貫いた。
琴は江戸、明治、大正、昭和の時代を駆け抜け、この世を去ったのはなんと、昭和2年(1927年)10月12日のことだった。
(道嶋慶)
アサ芸チョイス
可愛さ余って憎さ百倍。いやはや、この2人のバトルは本当にすさまじかった。沢口靖子が主演したNHK連続テレビ小説「澪つくし」や、渡辺謙主演の大河ドラマ「独眼竜正宗」の脚本を手掛け、飛ぶ鳥を落とす勢いだった脚本家のジェームス三木氏。ところが19...
記事全文を読む→堺雅人主演ドラマ「VIVANT」(TBS系)が3年ぶりの続編でも、圧倒的な存在感を放っている。第2シーズンの初回放送は、平均世帯視聴率18.8%(ビデオリサーチ調べ・関東地区)を記録。放送中にはXで世界トレンド1位になった。前作は2023年...
記事全文を読む→2024年7月に停車中のロケバス内で共演者の女性に性的暴行をしたとして、不同意性交と不同意わいせつの罪に問われたのは、元お笑いトリオ「ジャングルポケット」の斉藤慎二被告だ。その第6回公判が8月5日に東京地裁で開かれ、検察側は懲役7年を求刑。...
記事全文を読む→

