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記事全文を読む→「徳川十六神将」のメンバー・槍半蔵は酒呑み童子の首をはねた男の末裔だった
宗教問題で一時は主に反逆しながら、後に許される。戦国時代から江戸時代前期にかけて活躍した、そんな武将を知っているだろうか。
徳川家には家康に仕え、江戸幕府の創業に功績のあった「徳川十六神将」と呼ばれる武将たちがいた。酒井忠次、本多忠勝らが有名だが、半蔵門のいわれになった忍者一族の総帥・服部半蔵正成も「徳川十六神将」のひとりだ。
半蔵はその勇猛果敢な戦いぶりから「鬼半蔵」と呼ばれた人物である。
その「徳川十六神将」には、「槍半蔵」と呼ばれる、もうひとりの半蔵がいた。それが後に御三家の尾張藩付家老となり、1万4000石を領して寺部城城主となった、渡辺半蔵守綱である。この渡辺半蔵は、平安時代の嵯峨源氏の武将・渡辺綱の末裔を称していた。
正式には源綱を名乗る先祖の渡辺綱は、源頼光の四天王筆頭として知られている。四天王のひとりには、金太郎のモデルといわれた坂田金時もいる。
綱の名前を一躍有名にしたのは、大江山の酒呑童子退治だ。酒呑童子は丹波・大江山の洞窟を御殿にし、鬼を装って悪逆非道の限りを尽くしたとされる盗賊。その酒呑童子の首をはねて退治したのが、源頼光と渡辺綱ら四天王だったと伝わっている。
その首をはねた太刀「鬼切丸」は国宝に指定され、今も東京国立博物館に所蔵されている。
まさに武門の誉れ高い一族の末裔・半蔵守綱は永禄5年(1562年)、徳川勢が「八幡の合戦」で今川家の家臣・板倉重貞軍に敗走した際に、得意の槍を手に、しんがりで奮闘。以降、「槍半蔵」と呼ばれるようになったという。
半蔵守綱は熱心な一向宗の門徒だった。そのため、永禄6年(1563年)に突発した三河一向一揆に、徳川家を飛び出して参加。主家と戦ったのである。
この一揆は鎮圧されてしまうが、武将としての能力を高く評価する家康が帰参を許し、以降、半蔵守綱は姉川の戦い、小牧・長手の戦いなど、徳川家の主要な合戦にはほぼ参加。数々の手柄を立てた。
その功績が認められ、家康の九男・徳川義直が尾張藩藩主となった際、補佐役として付家老の地位を与えられ、79歳で天寿を全うした。
(道嶋慶)
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