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記事全文を読む→やしきたかじん 「“超”豪快伝説」を8人の著名人に直撃!(2)ぼったくりバーにわざと入店
最高視聴率25.1%を記録した「たかじんnoばぁ~」(読売テレビ)などの構成作家を務め、30年来の親交があった古川嘉一郎氏も、型破りな飲みっぷりをこう述懐する。
「数々の豪遊伝説を残す勝新太郎さんや藤山寛美さんに憧れている、と口にすることもあったたかじんですが、彼の飲み方も破天荒そのものでした。高級クラブに入り『ヘネシーのボトルある?』と注文するや否や、『じゃあ勘定して』。水割り1杯をグイッと飲み干すと『また来るわ』と次の店へ移動する。1店当たりの滞在時間は10分程度。このパターンを繰り返すのが、たかじん流の飲み方です。本人は『一晩で24軒というのが最高やなぁ』と言っていましたね」
その「たかじん流」は、ボッタクリ店さえもタジタジにさせたという。
「ぼったくりバーと知りつつ入店し、ビールの中瓶を2本注文して勘定をすると、5万円を請求されたんです。そこで『おい、この店の責任者は誰や。出てこい!』と。そして責任者に『おいコラ、何で5万円なんや。暴力バーなら10万円は取らんか。情っけない店やな』と10万円をテーブルに叩きつけて店をあとにしたんです」(古川氏)
店から店へのほんの数十メートルの移動に、タクシーに乗車。走りだしたと思ったら「はい、そこで止めて」と運転手に1万円札を手渡して「短い距離で悪かったな。釣りは取っといて」。そんなやり取りも、北新地では日常茶飯事だった。
超近距離乗車で大盤ぶるまいの気質は新幹線でも発揮された。語るのは元WBC世界バンタム級王者・薬師寺保栄氏である。
「京都で用事を済ませてから、収録のために大阪のテレビ局に行くことがあったのですが、駅のホームでたかじんさんと遭遇。たまたま、たかじんさんも京都から大阪へ移動中だったんです。新幹線が到着すると、たかじんさんはすぐにグリーン車へ。京都から新大阪までは新幹線で15分程度。指定席を取るのはもったいないと思っていたので、自由席のほうに向かおうとすると、たかじんさんは『オレの隣に座れ』とグリーン車の切符を取ってくれたんです。そしてワゴンサービスが来ると赤ワインを注文して、『新幹線のワイン、ほんまにマズイねん』と言ってグイッと飲み干していましたね」
晩年のたかじんは、大のワイン党だったが、特に好んで飲んでいたのが「オーパス・ワン」という高級銘柄。たかじんは「『オーパス・ワン』2本くらいは、うがいのようなもの」と豪語していたとか。「ムハハnoたかじん」(関西テレビ)などで共演したフリーアナウンサー・有賀さつき氏は、たかじんがテレビ局内でもワインをたしなんでいた姿を目撃したと話す。
「番組の収録後、楽屋に挨拶に行ったら、着替えを済ませたたかじんさんがソファに座り、ワイングラスを揺らしながらのんびりくつろいでいらっしゃったんです。その目の前には数本のボトルが置いてあったと記憶しています。東京のテレビ局では決して目にすることのない光景を目の当たりにして、あらためてたかじんさんの影響力を実感しましたね。カメラの前では毒舌でコワモテのキャラクターでしたけど、ふだんのたかじんさんは本当にジェントルマン。当時、私の子供がまだ幼かったこともあって、『仕事と子育ての両立で大変だね』など、いつも優しい言葉をかけてもらい、励まされました」
さらには、こんな“意外な”一面も明かす。
「豪放磊落で無頼なイメージがあるけれど、女性の立場からすると真逆。女性に対しては汚い言葉や声を荒らげることもなかったですし、知り合って何年もたつのに、なかなか目を合わせてくれずに、話していても私のおでこのほうばかりを見ていたり。それと、たかじんさんは女性の前では、食べ物を口にしなかったんです。遙洋子さんやハイヒールモモコさんにも言っていたのですが、『食べている姿を女性に見られるのが恥ずかしい』って」(八木氏)
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