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記事全文を読む→森喜朗「オリンピック大いに語る」(1)外国から日本への再認識が‥‥
総理経験者にして、2020東京オリンピック・パラリンピックの組織委員会会長、2019ラグビーワールドカップの副会長を務めてきた森喜朗氏が沈黙を破った。このほど、これまでのスポーツ人生を回顧した「スポーツ独白録」(小社刊)を上梓。スポーツジャーナリズムの第一人者である二宮清純氏を相手に10時間以上に上る「秘蔵」のエピソードの数々を初公開したのだ。知られざる巨大スポーツイベントの裏側は、まさに命を削る真剣勝負の世界だった─。
8月11日に閉幕した2024パリ五輪で、日本は金20個、銀12個、銅13個の合計45個のメダルを獲得。出場国中、3位という輝かしい成績を収め、「スポーツ大国」としての存在感をアピールした。
かつて「スポーツ後進国」と言われてきた日本だが、サッカー日韓ワールドカップ2002、ラグビーワールドカップ2019、2020東京オリンピック・パラリンピックといった巨大スポーツイベントが相次いで開催されてきたことで、世界のスポーツ関係者が日本の実力を再認識する一方、競技レベルの底上げにも大きく貢献してきたのは間違いないだろう。こうした国際的なスポーツイベントのいずれにも関わってきたのが、森喜朗元総理(87)だ。
中でもコロナ禍で1年間の延期を経て開催された2020東京オリンピック・パラリンピックにおいては、組織委員会の会長を務め、国立競技場の改築問題や、当初計画の2倍以上に膨らんだ予算の削減に奔走。次から次へと噴出するトラブルに対し、毅然としたリーダーシップを発揮したのも記憶に新しいところだろう。
だが、開催が半年後に迫った2021年2月に、いわゆる「女性蔑視発言」で組織委員会の会長の座を辞し、後任には、五輪担当相だった橋本聖子氏が選ばれて開催にこぎつけた経緯がある。
森氏と言えば、2020東京オリンピック・パラリンピックの組織委員会の会長職と並行して、ラグビーワールドカップ2019の組織委員会副会長としても活躍。世界的なスポーツイベントを成功に導いたスポーツ界最大の功労者と言っても過言ではない。
その森氏が、このたび自身の幼少期から現在までのスポーツ界との関わりから交渉事の舞台裏までを初めて明かした回顧録が「スポーツ独白録」(徳間書店刊)だ。スポーツジャーナリズムの第一人者である二宮清純氏との10時間以上に及ぶインタビューでは、実に生々しい世界のエスタブリッシュメントとの激しい応酬も余すことなく収められているだけに、ベールに包まれた巨大スポーツイベントの舞台裏をうかがう第一級の資料と言えそうだ。
森喜朗(もり・よしろう)1937年生まれ。早稲田大学卒業。1969年、衆院議員初当選。2000年に内閣総理大臣に就任。2005年、日本体育協会会長に就任。2006年、日本ラグビーフットボール協会会長に就任。2010年、ラグビーワールドカップ2019組織委員会副会長に就任。2012年、代議士引退。その後、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長、日本財団パラリンピックサポートセンター最高顧問、日本ラグビーフットボール協会名誉会長などを歴任。
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