社会

森健「新聞をななめに読むとわかること」 ー邦人殺害報道でわかる政府と国民の危機的状況ー

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 先月20日に発生したイスラム国による邦人拘束・殺害事件。期限の72時間を過ぎた24日夜、ネットにアップされたのは、殺害された湯川遥菜氏の写真を後藤健二氏が持つ動画だった。

 イスラム過激派によって日本人が巻き込まれ死亡したケースは、04年のイラク日本人人質事件や13年のアルジェリア人質事件など複数あるが、政府だけでなく日本国民の意思を問う脅迫は初めてだった。今後、日本がイスラム過激派とどう向き合うかを突きつけた事件だったとも言える。

 助かる希望を求めて日本のメディアも当初手探りの報道だった。イスラム国に捕らわれながら、解放された仏記者にインタビューできたのは毎日だった。

「過激派は拉致監禁のプロ集団。計算が緻密で、組織立っていた」

 10カ月間拘束された同記者はそう証言した。ただ、なぜ解放されたかについては記述がなかった。朝日はこの仏記者が解放された時の様子をトルコの国境警備隊から取材していた。日を追うごとに、過去のイスラム国の活動や西側諸国、中東諸国との力関係に関する取材が広がっていった。

 一方、過去と比べて、今回の事件で特徴的なのは、政府への批判が少ないことだろう。04年のイラク日本人人質事件では福田康夫官房長官が会見で「自己責任」と言及したところから政局に発展した。今回の事件では政府は早々に「テロには屈しない」と方針を表明。結果、法外な身代金は支払われず、命は奪われた。

 湯川氏に支持を得にくい事情があったのは否定できない。伝手や経験もなく、民間軍事会社を設立して現地に渡航。昨年4月に湯川氏と知り合った後藤氏すら「英語力も不十分だった」(朝日)と語る状態で自由シリア軍と行動し、拘束されていた。行動が軽率すぎたという思いは拭えない。

 ただ、今回、政府の外交が成功したわけでもない。事件発生直後、複数の国がイスラム国への非難声明を出したが、米国とは「首脳間での話し合いはなされていなかった」(産経)うえ、当てにしていたトルコやヨルダンでも実質的な動きには与しなかった。

 にもかかわらず、国会ではこの機に乗じた動きがある。安倍政権は今回の事件を「集団的自衛権の行使を認めた武力決定の新3要件を満たすケースではない」(朝日)とする一方、邦人救出に自衛隊まで乗り出せる安保法制整備に取り組む構えを見せている。産経も後押しするように英陸軍出身の研究者に取材、「人質奪還に法改正すべき」との弁を引き出している。

 自衛隊の活動を拡大したい安倍政権には、この事件は好機に映るかもしれないが、イスラム過激派回りに踏み込むのはあまりにリスクが大きい。今、中東とアフリカには、テロを辞さず、勢力拡大を狙うイスラム過激派が複数ある。もし西側諸国のように武力で対峙するような姿勢を打ち出せば、先月のシャルリー事件のようなテロが起きても不思議ではなくなる。

 何より今の日本を見ると、そこまでの覚悟が国民にあるとも思えない。

 拘束2日目から起きた「クソコラ」画像(笑わせるために加工された画像)では数十点がネットに投稿され、米メディアも日本は恐怖をバカげた笑いに貶めたと報じた。ネットでは自分たちの「成果」に喝采を叫ぶ声すらあった。

 政府は考えもなしに勇ましい声を上げ、国民は平和ボケで現実感のない動きで喝采を送る。そんな状況にこそ危機感を禁じえない。

※本コラムは2/1以前に執筆されたものです。

◆プロフィール 森健(もり・けん) 68年生まれ。各誌でルポを中心に執筆。企画・取材・構成にあたった「つなみ 被災地のこども80人の作文集」「『つなみ』の子どもたち」で、被災地の子供たちとともに、第43回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。

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