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記事全文を読む→直木賞作家・桜木紫乃が涙で語る「昭和のダメ男」論(2)自分の血で鋏を研いでいた
─今回はお父様にも取材をされたのですか?
桜木 職人(理髪師)の技術について聞いたぐらいですね。私自身、父と母にしか顔剃りをしてもらった経験がなく、わからないことが多かったものですから。何より猛夫が職人になり、腕を磨いて店を持つという場面は、原稿を書いていて最も燃えたところでもあったので。
─職人であるお父様の心に残るエピソードは?
桜木 修業中に実家の親と兄弟が夜逃げして消えてしまったことが悔しかったらしく、「早く一人前にならなくては」と毎夜、砥石で鋏を研いでいたそうです。そんな時、親方が様子を見にきたら、父は自分の血で鋏を研いでいたというんです。砥石に中指が擦れて出血していることに、父は気づかなかった。その手を見た親方は‥‥あっ、ヤバい。これはカッコ悪い(涙)。
─えっ、涙ぐんでいません? まさか童貞喪失から始まったインタビューで泣かせてしまうとは(笑)。
桜木 何度も聞いてきた話だけど、電話で改めて聞いた時に、父と一緒に泣いてしまったんです。それを思い出して、つい‥‥失礼しました(笑)。
─お父様とはよく電話で話をされるんですね。
桜木 それが、父は自分から私に電話して来ないんです。用事がある時は夫に電話をしてきます。
─また、なんで?
桜木 原稿を書いている時は、気を逸らさせてはいけないと思っているのかもしれません。父自身も理髪師の競技会に出ていた頃は、よく母に「なんで俺の邪魔をするんだ」と文句を言っていたから、娘の私に「邪魔しないで」と言われたくないんでしょう。それは、私のことを〝職人〟として認めてくれているということなのかな。だから、この作品で私も彼の生き方を肯定できて良かったなと素直に思っています。
─昭和のダメ男がカッコ良く見えてきました。
桜木 いいおっちゃんなんですよ。商売下手なのに、自分の器をまったく考えていない人だけど、本当によく生きた。書いていて気持ち良かったし、何より滑稽じゃないですか。全国の皆さん、どうぞ私の父を笑ってやってください。
─「ダメ男」改め「北海道なら、どこにでもいる男」は実に魅力的です。
桜木 出自に自信のない男っていいと思いません? やたらと出自にこだわる男に「家紋は?」なんて聞かれた時は「うるせえなあ!私に聞くな!」と。そんなことがステータスと考えるのはなんなんだろうと思ったものです。その点、北海道の男は、自分以外何も持たず、荷物が極端に軽い。一生で背負うものは自分だけ。私が北海道を好きな理由は、そこかもしれない。
─風呂敷ひとつで、どこへでも行ける。
桜木 そうそう。ダメ男、いいじゃない(笑)。ドンと来いですよ!
桜木紫乃(さくらぎ・しの)1965年北海道生まれ。02年に「雪虫」で第82回オール讀物新人賞受賞。13年「ラブレス」で第19回島清恋愛文学賞、「ホテルローヤル」で第149回直木三十五賞を受賞する。20年には「家族じまい」で第15回中央公論文芸賞受賞。主な著作に「氷平線」「硝子の葦」「ブルース」「ヒロイン」「谷から来た女」「青い絵本」などがある。
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