日本サッカー史に残る大荒れとなった、1998年W杯フランス大会の「メンバー選考」。大会直前、それまでチームを引っ張ってきた三浦知良と北澤豪がメンバーから外れ、大騒動に発展した。この「事件」についてはこれまで、カズや北澤氏、岡田武史監督が語っているが、当時キャプテンだった井原正巳氏が改めて、前園真聖氏のYouTubeチャンネルで内幕を明かしている。そもそもメンバー発表のやり方が異例だったとして、
「予想外。スイスの直前合宿に行ったメンバーが3人落ちる、ということをそこまで意識していなかった。よくこんなスケジュールを組んだな、と思った。今はトレーニングパートナーが行くんだけど、当時はそんなの誰もわからない。あんな大ゴトになるなんて、想像もしていなかった」
カズと北澤が外れると知った直後は茫然自失。
「カズさんと北澤はずっと一緒にやってきたメンバー。動揺はあった。いやもうどうするってゴン(中山雅史)のところに相談に行った記憶がある」
それでも気持ちを切り替え、
「岡田さんから『俺が決めたから』って言われた。『お前もキャプテンで信頼してやってくれ』って。10日後にW杯だし、やるしかない」
とはいえ2人の落選が影響したのか、今から考えればありえないアクシデントが発生してしまう。
「発表があった日の練習でケガした。6月2日がメンバー発表。6月12日にアルゼンチン戦で、10日間しかなかった。これもう、やっちゃったわ。メンバーが発表されて、カズさんが練習に来ていない。このメンバーでW杯に行くっていう中で練習していて、もうなんでもない練習でヒザをひねっちゃった。試合まであと10日しかないのに『内側Ⅱ度』って言われて『やべぇ、オレ終わった』と思った。俺も帰らないといけないかな、と」
キャプテンだった井原氏はチームを盛り上げる役割を担っていたにもかかわらず、ケガをしてしまったことを後悔。しかしメディカルスタッフの協力で、なんとか初戦のアルゼンチン戦に出場した。
落選した2人の影響力は、こんなところにも表れていたのだ。
(鈴木誠)