長嶋茂雄には、さすがミスタープロ野球だ、というエピソードがある。
第二次政権時のある日、北海道遠征前の試合後にミスターは担当記者のひとりにこう言った。
「明日から北海道に行きますよ。移動日だからご飯に行きましょう。メンバーを集めて下さい」
担当記者らを集めてくれ、という意味だ。ミスターの提案はこうだ。
「札幌にある行きつけの郷土料理の店に行きましょうか」
その店名は「エルム山荘」。いかにも山小屋風の居酒屋という印象だった。ちゃんちゃん焼きみたいなものが食べられる居酒屋だと、担当記者たちは考えていた。
「6時に来てください」
ミスターの指示通り、10人ほどで店に行ってみると、そこはなんと札幌で一番の、大作家でも来るような料亭だった。
しかもミスターは、そこに芸者を呼んでいた。部屋に入ると、もう庭で芸者が踊っている。担当記者たちが席に着くと芸者が集まってきて、カニの脚をむいてくれたりしながら、宴席がスタートした。
ミスターの隣に座ったのは、トップ芸者と思われる60代とおぼしき大ベテラン。とある記者の隣には、最も若い20歳ぐらいの芸者がいた。
「お酌しましょうか。エヘヘヘヘ」
ミスターはそう言いつつ腰を上げ、お銚子を持ってその記者の隣にやって来た。実は若い子が好きなだけだったのだ。大ベテランの芸者は、ちょっと怪訝な表情だった。
支払いの時にミスターが開けた財布の中は、全て万札。千円札など1枚も入っていない。少なくとも100万円はあったという。
(大田了)