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記事全文を読む→名将・西野朗が「怒って握手拒否選手」の反省と謝罪に放った「すっとぼけ」な言葉
1996年のアトランタ五輪サッカーで「マイアミの奇跡を」起こし、2018年のW杯ロシア大会ではサムライブルーをベスト16に導き、Jリーグでもタイトルを獲得した西野朗氏。今では名将のひとりに数えられるまでになっている。
そんな西野監督の気配りの凄さを、指導を受けた小川佳純氏が明らかにした。橋本英郎氏のYouTubeチャンネルで自身のサッカー史を振り返った小川氏は、西野氏が名古屋グランパスの指揮を執った2014年から2015年に言及した。
「僕はそれまでずっと試合に出ていたんですけど、西野監督になって、監督が思っているようなプレーができなくて、2014年の途中ぐらいからスタメンから外されるようになった。今まで試合に出ていたのにいきなり外されて、ちょっと子供な部分がまだあったので、『なんで出られないんだ』って思っていた」
そうして起用法に不満を募らせる中、小川氏は問題行動をとってしまう。
「アウェーの埼玉スタジアム2002での試合で、後半が始まってすぐぐらいで交代させられて、ベンチに戻って。試合後、ロッカーに帰るところで、西野さんだけ握手しなかったんです」
これは当然のことながら問題視される、反抗的な行為。冷静になってヤバイと思った小川氏は、チームメイトの田中マルクス闘莉王に相談。謝った方がいいと指摘されたことで、次の練習時に西野監督に謝罪した。
「西野さんに『握手せずにすみませんでした』って言ったら『えっ、そんなのあったっけ』みたいな感じ。本当に忘れていたのか、忘れたフリをしていたのか、真相はわからないですけど、そう言ってくれて大事にならずに済んだ」
次の試合はスタメンではなかったものの、途中から試合に出ることができ、干されるなどということはなかった。
もしここで西野氏が怒っていれば、お互いに収まりがつかず、大問題になっていたのは間違いない。西野氏のファインプレーが、小川氏とチームを救ったのである。
(鈴木誠)
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