エンタメ
Posted on 2025年07月15日 06:30

旗本の家柄なのに「太鼓持ちに転身」徳川慶喜の彰義隊員にもなった土肥庄次郎頼富の放蕩人生

2025年07月15日 06:30

 彰義隊、敗れて末の太鼓持ち。
 今は絶滅危惧種になってしまったかもしれないが、幇間、太鼓持ちという職業がある。遊郭、色里での宴席やお座敷で主に客の機嫌を取り、自らの芸で芸者などを助け、盛り上げるのが仕事だ。「鰻の太鼓」などをはじめ、落語にも登場する職業であり、プロの宴会部長といったところか。

 その幇間、太鼓持ちになった、江戸末期の立派な家柄の武士がいる。その名を、土肥庄次郎頼富といい、幇間としては松廻屋露八を名乗っている。昭和7年(1932年)、「半七捕物帳」の作者・岡本綺堂が書いた芝居の台本「東京の昔話」に登場する野井長次郎こと、梅の屋五八のモデルだ。

 天保4年12月(1834年1月)生まれの庄次郎の家はもともと御三卿・一橋家の家臣で、父・土肥半蔵は主の一橋慶喜が徳川15代将軍となったため、幕臣、直参旗本となった。

 庄次郎は長男で、幼少の頃から槍術、剣術を習い、特に槍術は免許皆伝級の腕前であり、家中の師弟の指南役をしていたほどだ。ところが若い頃から遊郭遊びを覚え、放蕩三昧の生活だったという。

 そのあげくに家督を弟・八十三郎に譲って家出し、吉原で旧知の幇間・荻江清太の弟子になった。絵に描いたような放蕩息子である。

 遊びのプロだけに芸事はお手のものだっただろうが、直参旗本の家が許すわけはない。勘当された末に、江戸から放り出されてしまった。

 その後、長崎や堺で幇間として働いていたが、庄次郎はただの遊び人の慣れの果てではなかった。彰義隊の幹部となっていた弟の説得で、太鼓持ちでありながら、江戸開城の前に彰義隊に入隊した。

 武芸にも秀でていたが、隊内では太鼓持ち時代に磨いた話芸を駆使したのか、応接係として情報収集に奔走した。ただ、その彰義隊はわずか1日であっけなく新政府軍に蹴散らされ、庄次郎は旅芸人に身を変えて、上野の山から逃走。

 榎本武揚の幕府艦隊に合流して咸臨丸に乗り、北海道を目指したが、その咸臨丸が暴風雨のため寄港した清水港で、新政府軍の攻撃を受けて沈没する。庄次郎は北海道行きを断念し、元の太鼓持ちに戻ったという。もしそのまま北海道に渡っていたら、新選組の副長・土方歳三とともに、五稜郭に立てこもっていたかもしれない。

 太鼓持ちに戻ってからは吉原などの色里で仕事をし、「明治の名幇間」と呼ばれるようになった。
 死去した際には、他の彰義隊員が眠る円通寺への埋葬を遺言したという。武士としての矜持は失っていなかったのだろう。旗本崩れの太鼓持ちがお座敷芸を披露しながら、その胸中はどうだったのだろうか。

(道嶋慶)

カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    エンタメ
    2026年02月23日 12:00

    猫の病気といえば、やはり腎機能の低下による腎臓病と、人間と同じように糖尿病ではないかと思う。実際は腎臓病が圧倒的に多いようだが。ざっくりいうと、腎臓病はタンパク質の過剰摂取などによって腎機能が低下する病気。糖尿病は炭水化物などの摂り過ぎによ...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    エンタメ
    2026年02月26日 06:45

    イオンが運営する電子マネーWAONのポイント制度が、3月1日より「WAON POINT」に一本化される。長年にわたってユーザーを悩ませてきた「2種類のポイント問題」がついに解消されることになった。実はこの問題の根っこは深い。もともとイオンに...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    エンタメ
    2026年02月27日 06:30

    あれから2カ月近くが経ってもまだ「燃え続けている説」がある。発端は2026年1月6日午前10時18分、島根県東部を震源とするM6.4の地震だ。松江市や安来市で最大震度5強を記録したこの地震は津波の心配がなく、表向きは「よくある規模の地震」と...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    注目キーワード
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2026/2/24発売
    ■650円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク