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記事全文を読む→【球界びっくり秘話】西武ライオンズ「松沼兄弟」まさかの入団交渉激白「ホテルに行ったら長嶋さんが手を広げて『僕の胸に飛び込んでおいで』と」
アンダースローとヒゲがトレードマークの元西武ライオンズ投手…といって思い出すのは、松沼博久氏である。弟の雅之氏とともに、1978年にドラフト外で入団し、「松沼兄弟」として人気を博し、実績を残した。実はこの2人には、思いもよらぬ「誘い」があったというのだ。
YouTubeチャンネル〈ダグアウト!!!〉の9月10日の動画で告白した博久氏は、驚くべき裏話を明かしている。
「ジャイアンツからも声がかかったの。じゃあ、話だけ聞いてみようか」
雅之氏を伴い、九段のホテルに向かったところ、待っていたのはなんと、ミスタープロ野球だった。
「長嶋さんが来てビックリしてさ。長谷川実雄球団代表も一緒に来て、入団の話になって。長嶋さんが『兄貴は即戦力。弟は1年間教育して、試合で頑張ってもらう』ということで『僕の胸に飛び込んでおいて』って(両手を前に広げた)ジェスチャーをしたわけね。こんなスターに手を広げられたら、普通は入るじゃん。それができなかったのよ」
いったいどういうことなのか。巨人との交渉を保留とした松沼兄弟は、次に面談した西武の根本陸夫監督から、こんな口説き文句を聞かされた。
「新生西武ライオンズを手伝ってくれないか。俺が監督だから、試合には使う。1軍で使う」
博久氏が振り返る。
「手を広げてないよ。でも手を広げるように見えて、こっちの方がいいなって。プロ野球に入るなら、1軍でやりたいのが当たり前じゃない」
ルーキーイヤーの1979年、博久氏は16勝10敗で新人王を獲得。雅之氏は1980年から5年連続で、2ケタ勝利を挙げた。
一方の巨人は1979年5位、1980年に3位で、長嶋監督が退任。松沼兄弟がミスターの胸に飛び込んでいれば、全く違う人生があったに違いない。
(所ひで/ユーチューブライター)
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