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記事全文を読む→Jリーグ史上最もユニークだった柏レイソル「ニカノール監督」の「驚くべき手腕」と酒好きが影響した「練習無断欠勤」事件
かつて筆者がJリーグの取材を担当していた頃、最もユニークな監督として強く印象に残っているのが、柏レイソルで指揮を執ったブラジル人指導者ニカノール監督だ。
1996年に就任したニカノール監督は「優勝を争うチームにしたい」と強い意欲を見せた。とはいえ、それまで下位に低迷していたこのチームが、劇的に変化するとは思えなかった。
見かけは普通の中年男だった。覚えているのはシャツにジーンズ姿で、無精ヒゲが目立つ風貌。だらしなく見えた。気難しいと言われたが、メディアには友好的だった。
だがニカノール監督は1年目から、驚くべき手腕を発揮した。特に攻撃力の変化は目覚ましく、1年目は5位と上位に食い込んだ。翌年には優勝争いを展開し、1stステージで3位という成績を収めた。その手腕に一部では「日本代表監督の有力候補」との声が出たほどだ。
ところが1997年の2ndステージあたりから、あまりよろしくない評判が聞かれるようになった。練習の無断欠勤や遅刻が多い、というものだ。「酒好きが影響している」との噂も聞いた。確かに練習に遅れてやってきた時があって、練習後の囲み取材ではちょっと酒くさかった記憶がある。
そうした影響もあってか、2ndステージは低迷し、悲願の優勝はならず。シーズン終了後に退任した。年俸をめぐってフロントと対立した…となっているが、プライベートの問題もあったのだろう。
1998年にはヴェルディ川崎の監督に就任。一時は優勝争いに加わったが、後半に失速する。この頃すでにV川崎の取材をしていなかったが、同様の問題があったのだろうと推察する。
とはいえ、ニカノール監督に悪い印象はない。2018年に71歳で亡くなったが、茶目っ気たっぷりの笑顔を今も思い出す。
(升田幸一)
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