スポーツ
Posted on 2025年12月27日 05:56

二宮清純の「“平成・令和”スポーツ名勝負」〈北朝鮮を完封したピッチ外の暗闘〉

2025年12月27日 05:56

「日本 VS 北朝鮮」
サッカーW杯アジア最終予選/2005年6月8日

 北朝鮮のおはこである“瀬戸際外交”は、政治の場だけとは限らない。スポーツにおいても、しばしば非常識な駆け引きを演じ、無用なトラブルを引き起こすことがある。

 この時も、そうだった。

 2005年3月30日、サッカーW杯ドイツ大会アジア最終予選。40年ぶりのW杯出場を目指す北朝鮮はピョンヤンでイランを迎え討ったものの、0対2で完敗し、グループリーグ最下位に沈んだ。

 事件が起きたのは、その直後だ。7万人を超えるサポーターの一部が暴徒と化し、イラン選手の控え室にまで押し寄せた。シリア人レフェリーは、ほうほうの体で宿舎に逃げ帰った。

 激怒したのはFIFAのゼップ・ブラッター会長だ。

「この件はFIFAの規律委員会にかけられる。厳しく対処するつもりだ」

 ブラッターに北朝鮮への制裁を決意させたのは、FIFA理事で、日本サッカー協会副会長(肩書は、いずれも当時)の小倉純二である。来日したブラッターに、小倉は、北朝鮮の「体育速報」の記事のコピーを手渡した。

「それは39年前のW杯で北朝鮮がポルトガルに逆転負けした際、イスラエル人審判に泣かされたという内容。不公平な審判は要らない、と書いてあった。この記事が出たのがイラン戦の朝。つまり、これが暴動の伏線になった‥‥」

 小倉から説明を受けたブラッターは「そういうことだったのか」と得心した表情を浮かべたという。

 この3カ月後に、日本は北朝鮮との最終戦をピョンヤンで行うことになっていた。しかし、敵地での試合は危険が伴う。日本協会の意を受けたFIFAは「第3国、無観客試合」を決定した。

 当然、北朝鮮は反発する。「残り試合のボイコット」までちらつかせて抗議したが、FIFAは「ポーズに過ぎない」と冷めた目で見ていた。

 なぜなら、FIFAが下した決定に従わなかった場合、北朝鮮は次のW杯予選に出場する権利まで剝奪されてしまうからだ。

 北朝鮮にとって、この決定は決して納得のいくものではなかったが、受け入れざるを得なかった。

 かくして瀬戸際外交は失敗に終わった。

 小倉の回想。

「FIFAはマレーシア、タイ、シンガポールの3カ国を考えていたが、タイに決まった。日本はその前の試合をバーレーンで戦い、暑さにも慣れていた。日本にとってはありがたい決定だった」

 6月8日、タイのスパチャラサイ・スタジアム。

 先制したのは日本。後半28分、こぼれ球をFW柳沢敦がスライディングしながらボレーシュートを叩き込んだ。後半44分には、相手DFの裏を取ったFW大黒将志がGKをかわし、左足インサイドでゴールに流し込んだ。

 2対0。無観客のスタジアムに、乾いたホイッスルが鳴り響いた。監督のジーコは、コーチ陣と抱き合いながら、咆哮した。

 サッカーの勝負は、ピッチの中だけで決まるものではない。FIFAから「第3国開催、無観客試合」の決定を得た時点で、日本の勝ちだった。

 勝利の“陰の立役者”である小倉はしみじみと語ったものだ。

「サッカーの試合は、スタジアムの外でも行なわれているんですよ」

二宮清純(にのみや・せいじゅん)1960年、愛媛県生まれ。フリーのスポーツジャーナリストとしてオリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。最新刊に「森喜朗 スポーツ独白録」。

カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    芸能
    2026年03月25日 07:00

    もう長いこと、毎週日曜日の視聴がルーティンになっていた2つの番組が、3月29日に揃って終了する。ひとつは1985年10月にスタートした「アッコにおまかせ!」(TBS系)。近年は和田アキ子の失言・暴言・妄言がたびたびSNSで炎上し、「早く終わ...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    スポーツ
    2026年03月26日 06:45

    「過去20年間、予想してていちばん難しいですね、今年が。今までこんな難しいことは経験がないですね」これは今季の巨人の順位を予想するにあたり、野球解説者の江川卓氏が発した率直な言葉である。なにしろ投打において、不確定要素が多いのだ。YouTu...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    スポーツ
    2026年03月26日 11:15

    今季のプロ野球パ・リーグでは、就任5年目の日本ハム・新庄剛志監督が掲げる「ぶっちぎり優勝」に向けて、自信満々だ。開幕カードは敵地でのソフトバンク戦(3月27日・みすほペイペイドーム)。オープン戦では巨人が8年ぶり首位となったが、実は日本ハム...

    記事全文を読む→
    注目キーワード

    人気記事

    1. 1
    2. 2
    3. 3
    4. 4
    5. 5
    6. 6
    7. 7
    8. 8
    9. 9
    10. 10
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2026/3/17発売
    ■650円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク