例えば、こんな場面を想像してほしい。休日の昼下がり、渋滞を避けようと、カーナビが案内した田畑の間の脇道へ入る。一般に使われている道で、車同士がすれ違える程度の幅はある。だが速度を指定する標識や標示、中央線、車両通行帯はなく、中央分離帯や柵も...
記事全文を読む→【追悼・久米宏】筋金入りの広島カープファンが残した「丸刈り&巨人バンザイ」事件とロッテVS近鉄「異例の番組冒頭中継」
ニュースキャスターとして時代を切り取ってきた久米宏さんが亡くなった。歯切れのいい語り口と、権力や建前に風穴を開ける姿勢で知られた名キャスターだが、もうひとつ、記憶に残る顔がある。筋金入りの広島カープファンだったことだ。
久米さんは生前たびたび、カープへの思いを公の場で語ってきた。関東では「野球といえば巨人」という空気が当たり前だった時代に、あえて地方都市の球団を応援し続けるその姿勢は、長くファンの間で知られていた。資金力に乏しい地方球団が、工夫と執念で強豪に立ち向かう。その構図に、久米さんは強く惹かれていた。
そのスタンスが最も鮮烈に表れたのが、1989年の「丸刈り事件」だ。シーズン開幕前、番組内で「巨人が優勝したら坊主になる。日本一になったら日本テレビに行って万歳する」と宣言。
結果はその通りになり、久米さんは本当に丸刈りで日本テレビのニュース番組に出演し、「読売ジャイアンツ、バンザーイ!」と叫ぶことになった。
一方で、野球そのものへの敬意は深かった。1988年10月19日、いわゆる「10.19」と呼ばれるロッテVS近鉄のダブルヘッダー第2試合。優勝の行方を左右する試合が延長にもつれ込み、テレビ朝日「ニュースステーション」と放送時間が重なった夜、久米さんは番組冒頭で事情を説明。ニュースを差し置いて中継を続ける判断を示した。
「伝えたいニュースは山ほどあるが、この試合を途中で切るわけにはいかない」
民放局の常識を超えたこの対応は、野球が持つドラマ性を最優先した久米さんらしい一幕として、今も語り継がれている。
テレビの外でも、その距離感は変わらなかった。TBSラジオの野球中継にゲスト出演した際、久米さんはほとんど口を挟まず、試合の流れを見守っていた。番組終盤に「あまりしゃべりませんでしたね」と振られた久米さんは、こう答えた。
「ラジオ中継を聴いているファンの邪魔になってはいけないと思ったから」
立て板に水の語り口で知られる久米さんが、あえて言葉を抑え、カープファンと同じ目線で試合を見ていた。その姿に、強く心を打たれた人は少なくなかった。
カープが25年ぶりにリーグ優勝した2016年、久米さんは「生きていて良かった」と率直な言葉を残した。長く低迷期を知るファンだからこそ、喜びの重みが違っていたのだろう。
その年、緒方孝市監督とテレビ番組で対談し、チームや選手について熱く語り合ったことも、久米さんがただの「有名人ファン」ではなかったことを示している。
久米さんのカープ愛は、ただ勝敗を追いかけるものではなかった。巨人が圧倒的な存在感を持つ時代に、地方球団が意地と努力で食らいつく。その姿に久米さんは、自分の仕事のあり方や生き方を重ねて見ていたのだろう。資金力や知名度で劣っていても、やり方次第で勝負はできる。それがカープが示してきた姿勢だった。
「カープの日本一を見せてあげたかった」
訃報に寄せられたそんな声は、久米さん自身の思いでもあったに違いない。カープとともに歩んだそのまなざしは、これからもファンの記憶の中に残り続ける。
(ケン高田)
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