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Posted on 2026年03月22日 18:00

「プロレスVS格闘技」大戦争〈前田が引退試合で霊長類最強カレリンと激突〉

2026年03月22日 18:00

 プロレスラーの異種格闘技戦は、アントニオ猪木から「新格闘王」と呼ばれた前田日明に受け継がれた。

 その前田がUWF3派分裂騒動後の1991年3月に「私の選手生活もそんなに残り時間がありません。おそらく、これが最後の船出となるでしょう。真のプロフェッショナル格闘技を完成させる時がいよいよやってきた。前田日明最後の進化を見届けてほしい」と設立したのがファイティング・ネットワーク・リングスだ。

 その名が示すようにリングスはオランダ、ロシアなど格闘技が盛んな各国とのネットワークを構築して人材を発掘。UWFは“真のプロフェッショナル・レスリング”を目指したが、リングスはプロレスの範疇を超えて“真のプロフェッショナル格闘技”を目指した。

 この最後の団体で前田はリングス・オランダのクリス・ドールマン、ディック・フライ、ハンス・ナイマン、リングス・ロシアのヴォルク・ハン、アンドレイ・コピィロフ、リングス・グルジアのビターゼ・タリエルらと激闘を展開。98年7月20日の横浜アリーナで愛弟子・山本宜久相手にリングス・ラストマッチを行い、20分1本勝負で判定勝ちして有終の美を飾った。

 そして、引退試合。この年の9月14日に東京ドームでのヒクソン・グレイシー戦を計画して交渉を進めてきたが、ヒクソンが10月11日の東京ドームにおける「PRIDE4」での髙田延彦との再戦を選択したことで実現しなかった。

 最終的に前田が「この男しかない!」と1本に絞って交渉に臨んだのは、アレクサンドル・カレリンだ。

 グレコローマン・レスリングのロシア代表として88年ソウル、92年バルセロナ、96年アトランタの五輪3連覇、世界選手権9連覇、欧州選手権10連覇、87年10月以降は無敗という記録を持ち“霊長類最強”と呼ばれる格闘技者である。

 2000年のシドニー五輪が控えているだけに交渉は困難を極めたが、決め手となったのはリングス・ロシア代表のウラジミール・パコージンの言葉。

「前田は、ペレストロイカでスポーツマスター制度がなくなって食えなくなったロシアの格闘技選手に、夢と希望と毎日の生活を与えてくれた。そういうロシアの大恩人に対して何も思わないのか?」という涙ながらの訴えに、カレリンは首を縦に振ったという。前田とロシア格闘技界の信頼関係があってこそ実現したスーパーファイトなのだ。

 舞台は99年2月21日、横浜アリーナ。試合形式は5分2ラウンドで、延長はなし。決着はKO、タップアウト、TKO(ロープ・エスケープ2回でダウン1回とし、ダウン3回でTKO負け)。時間切れの場合にはポイント差で勝敗を決定、ポイント差がない場合には審議委員の判定に委ねられることになった。

 ルールについて、ロシア・レスリング協会はカレリンの負傷を懸念して打撃技の全面禁止を主張したが、カレリンが認めたことにより、グラウンドでの打撃禁止以外はリングス・ルール(顔面へのパンチは禁止だが、掌底での打撃はOK)という自由度の高いルールが採用された。

「グレコローマンには高く投げるスープレックスがあるので、投げてからグラウンドで絞め技、関節技で極める」と豪語していたカレリンは、初めてのグレコローマン以外の試合にも自信を持っていたに違いない。

 前田は1月25日から3週間、米国ワシントン州シアトルで名パーソナル・トレーナーとして知られるケビン・ヤマザキのもとで肉体改造。体脂肪を6%ダウン、心肺機能を25%アップさせて格闘技人生の集大成となる大一番に臨んだ。

「組んだら危険。下半身に蹴りを入れていく」と予告していた前田は、いきなりローキック3発。初めての打撃にカレリンの顔が歪んだが、前田が色気を出して両足タックルを試みるや、カレリンはこれを切ってフロントネックロックで極めにかかる。さらに、ネルソンから袈裟固めへ。実は試合開始20秒のこの時点で前田は首に致命傷を負っていた。

 首を捉えられ、完全にコントロールされてしまった前田だが、片足タックルから逆片エビ固め、そして足首固めへ。これにはサブミッション初体験のカレリンはすかざすロープ・エスケープ。ポイントを先に奪ったのは前田だった。

 しかし、この後はカレリンが試合を支配。腹這いの前田の胴をクラッチすると、そのまま引っこ抜いてのカレリンズ・リフト、いわゆるレスリングの俵返しだが、カレリンのそれはプロレス的に表現すると、頭から落とす危険な角度でのサイド・スープレックスだ。

 第2ラウンドに入ってからもカレリンの首攻撃に前田は苦戦を強いられ、袈裟固めに2回エスケープ。カレリンがフロントネックロックに入ったところで試合終了。1ポイント差でカレリンの判定勝ちになった。

 格闘技人生のラストは黒星だったが、アマチュアで無敵の世界最強の男をプロフェッショナル格闘技のリングに上げ、ファイターとして完全燃焼した前田は、引退セレモニーも、マイクを手にすることもなく静かにリングを降りた。

文・小佐野景浩(おさの・かげひろ)元「週刊ゴング」編集長として数多くの団体・選手を取材・執筆。テレビなどコメンテーターとしても活躍。著書に「プロレス秘史」(徳間書店)などがある。

写真・山内猛

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