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記事全文を読む→「猪木VSアリ戦」50年の真実〈第2回〉(4)「ペリカン!」調印式の応酬
76年3月25日。ニューヨークで、歴史的な調印式が行われた。
「猪木さんは奥様(当時)の倍賞美津子さんを伴って、袴姿で登場しました。対するアリは、猪木さんの顎を指して、『まるでペリカンのくちばしだ。粉々に砕いてやる』と言い放ちました」
このアリの「ペリカン」発言、実はある人物からの入れ知恵だった。
「フレッド・ブラッシーというベテランのプロレスラーがいましてね。アリの挑発トークのアドバイザーを務めていたんです。しかし、猪木さんはまったく顔色を変えず、『私の顎は確かにペリカンのように長いが、鉄のように鍛え上げられている。風が吹けば私はそよぐが、倒れはしない』と静かに返しました。さらに『日本語をひとつ教えてあげよう。“アリ”とは日本で“虫けら”を指す言葉だ』と言い返したところ、アリが激高しましてね。『ペリカン野郎め! 今すぐ叩きのめしてやるぞ!』と大声で叫んだんです。“前哨戦”は猪木さんの完勝でした」
ファイトマネー交渉も一筋縄ではいかなかった。
「アリ側は1000万ドルで一切譲らない。猪木側は600万ドルを提示した。膠着状態を打ち破ったのは、アリ本人の一言でした。『600万ドルは吞めないが、600万ドル以上ならOKだ』─結局610万ドルで決着です」
アリへのファイトマネー610万ドルは、すべてNETが保証した。試合前に180万ドル、試合後に120万ドル、クローズドサーキット(米国内での有料観戦システム)の収益から310万ドルを支払うという内訳だった。
ニューヨークではビンス・マクマホン・シニア率いるWWWF(現WWE)と組んで興行を行ったが、これはアメリカのプロレス市場を支配していたNWAに対抗するための共同戦線でもあった。ジャイアント馬場はNWAと非常に親密であったから、猪木は対抗策としてNWAを離脱したマクマホンとタッグを組んだのである。猪木VSアリ戦はプロレス界の勢力争い、政治闘争の面もあったのだ。
結果を先に言ってしまえば、猪木VSアリ戦は興行的には失敗し、アリ側はNETのニューヨーク支局を差し押さえてきた。最終的に実際に支払われた金額は180万ドルに留まったが、猪木VSアリ戦はNETと新日本プロレスに多大な代償をもたらすことになる。
舟橋慶一(ふなばし・けいいち)1938年生まれ。62年にNET(日本教育テレビ/現テレビ朝日)入社。アナウンサーとして「ワールドプロレスリング」実況など多数の番組を担当。
福田竜一(東京新聞)
写真提供/山内猛
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