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記事全文を読む→テリー伊藤対談「関根勤」(1)本当に映画を作るとは思わなかった
●ゲスト:関根勤(せきね・つとむ) 1953年生まれ、東京都出身。「ぎんざNOW」(TBS)の素人コメディアン道場で初代チャンピオンとなり、74年デビュー。75年より「ラビット関根」の芸名で活動。82年、「欽ちゃんのどこまでやるの!?」(ANB、現テレビ朝日)で本名「関根勤」として活動し、現在に至る。5月23日には、初監督を務めた映画「騒音」が東京・シネマート新宿を皮切りに全国ロードショーにて公開される。詳しい劇場情報は公式HPにて。〈 http://souon-movie.com/ 〉
テレビ・舞台などで幅広く活躍中の関根勤が、なんと映画に挑戦! 豪華キャストが集結し、「お笑い」と「映画」への愛にあふれた初監督作品「騒音」がついに公開される。製作時のエピソードはもちろんのこと、娘・関根麻里や奥様との仲よしぶりをアピールされて、天才テリーも羨ましさを隠しきれない!?
テリー 関根さんの初監督作品「騒音」が、このたびついに公開ということで。おめでとうございます。
関根 ありがとうございます。初めは東京で公開になって、2週間遅れで大阪・名古屋、そのあとは順次全国公開へと。
テリー どんないきさつで映画監督をやることになったんですか。
関根 僕自身も映画を撮るなんて、夢にも思っていなかったんですよ。2年前に還暦を迎えたんですが、同時に芸能生活も40周年だったので、2つを無理やり足して100周年記念ということで、知り合いの放送作家が盛り上げてくれて。
テリー おお、それはおめでたいじゃないですか。
関根 それでCS放送の映画チャンネル(「チャンネルNECO」)の番組で、毎週僕が映画について勉強して、1年たったら映画を撮ろう、という企画が始まったんです。とはいえ、僕は「自分で映画なんか簡単に撮れるわけない」と高をくくっていたんです。予算も当然、少なかったし。
テリー いくらぐらいだったんですか。
関根 最初は1000万と考えていました。撮るんだったらアクションSFコメディだという話の流れで、「宇宙のセットはお金がかかる。でも地底人だったら地下から出てくればいいから安い!」とか、「撮影の食事は、全部スーパーの弁当にすればいい!」とか。
テリー だから今回の映画は、地底人が出てくるストーリーだったんだ(笑)。
関根 いかにお金を浮かせるのか、冗談みたいなことをフザけて言い合ってんですよ。ところが一昨年10月にプロデューサーが「関根さん、いよいよ撮影を始めますよ」って告げてきて。さらに僕の事務所の、浅井企画の社長も予算をサポートしてくれることになって‥‥。そこから本格的に撮ることになりました。
テリー 監督をやってみいたて、どうでしたか?
関根 芸能界に入ってから、いちばん不安な日々を過ごしました。だって、監督という土俵に上がると、黒澤(明)さんや(スティーヴン・)スピルバーグと比べられるわけでしょう。
テリー 舞台演出を行うのとは、また全然違った世界ですもんね。
関根 ところが、うちの奥さんが、何にも動ぜずに今までとまったく同じ様子で暮らしているんですよ。それで彼女に「僕がこんなにピンチなのに、あなたはどうして慌てないの?」って聞いて。すると「映画って撮りたくても撮れない人がいっぱいいるのよ。あなたは撮らせてもらえるんだから、いいじゃない」と。
テリー そのとおりです。もっというと、映画を撮っても、配給会社が決まらず、公開されないことも多い。
関根 そうですよね。だから、自分は「せっかくのありがたいチャンスなんだな」と思って、それで気持ちが落ち着いて、本格的に撮影を進めていったんです。
テリー 撮影にはどんな気持ちで臨みましたか。
関根 初日に撮ってみて、楽しくてしょうがなかったです。それまでは「評論家に何かを言われたらどうしよう」と思っていたんですよ。でも撮り終えたら、もう何を言われてもいいと思いました。とにかく一生懸命にやったので。
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