芸能
Posted on 2016年03月19日 09:58

アイドルの「卒業」名場面30年史(1)初めて「卒業」したのは「おニャン子」のあの2人!

2016年03月19日 09:58

20160319idola

 桜の花びらが舞う季節は、アイドルたちにとって「卒業」の2文字が胸に迫ってくる。熱く、はかなく過ごしたアイドル期から旅立つ日がやって来た‥‥。そんなグラジュエイションの名場面と名セリフの30年分をここに詳報する──。

 80年代の前半まで、アイドルに「卒業」という概念はなかった。例えば「ふつうの女の子に戻りたい」の名言を放ったキャンディーズは「解散」であるし、白いマイクを武道館のステージに置いて別れを告げた山口百恵は「引退」である。

 その記念すべき第一歩は、今からちょうど30年前、86年3月のこと。アイドルグループの革命となった「おニャン子クラブ」から、ソロデビュー第1号の河合その子と、中島美春の2人が初めて「卒業」を宣言。

 美少女研究家の高倉文紀氏が解説する。

「インパクトは大きかったと思います。それまでグループの『解散』や『脱退』はあっても、人気絶頂の渦中に『卒業』という言葉を使った。実はおニャン子自体が3年足らずの短い活動期間でしたが、それでも人気のメンバーが1年で卒業するのは『え、もう?』という衝撃を与えた」

 2人の卒業に合わせ、中島がリードボーカルを取る形で「じゃあね」というシングルを発売。これがアイドルグループにとって、卒業ソングの雛型となった。

「さらに2人の卒業をメインに据えたコンサートも、ムックになったり、ビデオになったりと、今につながるビジネスモデルになりました」(前出・高倉氏)

 おニャン子を生み出した「夕やけニャンニャン」(フジテレビ系)は女子高生アイドルを中心とし、放課後のクラブ活動のノリを前面に押し出していた。番組の流れからいけば、3月に「卒業」という要素は不可欠だったのだ。

カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    芸能
    2013年11月26日 10:00

    11月8日、歌手・島倉千代子(享年75)が肝臓ガンで死去した。島倉といえば、演歌の王道を歩むように、その生き様は苦労の連続だった。中でも、莫大な借金返済で味わった地獄は理不尽極まりなかったようで──。島倉は、男を信じて手形の保証人となったせ...

    記事全文を読む→
    芸能
    2026年04月28日 16:30

    バナナマンの日村勇紀が当面の間休養に専念すると、所属事務所ホリプロコムの公式サイトで発表した。今年に入ってから体調を崩すことが多く、医療機関を受診した結果、休養が必要との判断に至ったのだという。「心身の回復を第一に、コンディションを整えなが...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    スポーツ
    2026年05月13日 12:45

    衝撃的なトレードを成立させたのは、横浜DeNAベイスターズと福岡ソフトバンクホークス。両球団が「山本祐大と尾形崇斗、井上朋也の交換トレードが成立したこと」を発表したのだ。「DeNAは山本という正捕手の放出、それもシーズン中のトレードだったの...

    記事全文を読む→
    注目キーワード

    人気記事

    1. 1
    2. 2
    3. 3
    4. 4
    5. 5
    6. 6
    7. 7
    8. 8
    9. 9
    10. 10
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2026/5/12発売
    ■650円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク